2012年12月18日

京都を歩くB・・・疲れた体にやさしい湯葉丼


3日目

勧修寺(かじゅうじ)・・・地下鉄東西線「小野駅」下車、徒歩5分。

近くのガソリンスタンドで道を尋ねると「あ〜、かんしゅうじですね」。

寺では「かじゅうじ」と読んでいるが、地元に残る町名は「かんしゅうじ」。

どちらでもいいのだろう。

京都市山科区にある門跡寺院だが、もともとは900年に公家の邸宅が寺に改められたもの。

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大型バスの駐車場があるほどの寺だが、我々がいる間、ほかに訪れる者は誰もいなかった。

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毘沙門堂・・・JR、地下鉄東西線、京阪線のいずれも「山科駅」下車。徒歩20分。

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703年創建の古刹。

七福神のひとつ毘沙門天を祀るところからその名がある。

衝立てや襖に描かれた狩野益信筆の絵がみごと。

花鳥風月というよりは生き生きと描かれた人間(中国・宋の高官?)が面白い。

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今回訪れたのは寺社9か所、山荘1か所。

歴史の浅い北海道で育ったので、瓦葺きの建造物を見るだけでもワクワクする。

今回はそれ以前の茅葺きの寺社にも足を踏み入れ、歴史の深さを垣間見ることができた。

もちろん、帰りの新幹線の中ではほとんど爆睡状態。

心地よい疲れを反芻しながら・・・。

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京都の豆腐のうまさは今さら紹介するまでもないが、豆乳で作られた湯葉も美味で知られる。

今回、とある茶屋で食べた「あんかけ湯葉丼」はおみごと。

薄く味つけられた上品なダシがまたいい。

体に優しいひと品だ。

posted by kathy at 11:58| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

京都を歩くA・・・「体力勝負」


2日目・・・

海住山寺(かいじゅうせんじ)・・・京都駅からJR奈良線に乗り約40分「木津駅」で大和路線に乗り換えて6分「加茂駅」下車。奈良交通バス「和束町小杉」行きで3分「岡崎」下車、徒歩40分。

この山寺へ行くにはかなりの根性と体力がいる。

麓までたどり着くのに電車とバスを乗り継ぎ、そこからはまったくの「足」頼み。

小さな集落を抜けてからは九十九(つづら)折りの急な登り坂が続く。

「この冬一番の寒さ」との報道を受けて着込んだダウンジャケットの下で汗が滝のように流れる。

ようやく到着。

開山は約1300年前。

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800年前につくられた五重塔は、国宝としては室生寺の五重塔に次いで小さなもの。

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平等院・・・JR奈良線「宇治駅」下車、徒歩15分。

いわずとも知れた世界遺産。

有名な鳳凰堂は改修中のため全面シートで覆われていた(改修期間:平成24年9月3日〜平成26年3月31日)。

ふだん600円の拝観料は改修期間中300円。

豊富な国宝の数々は付属のミュージアムで見られる。

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日頃お世話になっている10円玉の絵柄の実物を見たかったが・・・。

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宇治上神社・・・平等院から徒歩7分。宇治川を挟んだ川向こう。

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こちらも世界遺産で平等院の鎮守社の位置づけ。

すぐ下に宇治神社があり、明治以前は宇治上神社を上社、本宮、宇治神社を下社、若宮と呼んでいた。



宇治といえば銘茶の産地。

駅前案内所で無粋にも「うどんがおいしい店を知りませんか」と聞いたら、「このあたりではうどんよりも茶そばをいただくことが多いですね」とやられた。

関西のメン文化は「うどん」と思っていると大間違い。「所変わればメンも変わる」だ。

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茶そばは噛むとほのかに茶の香りが口に広がる。



初日も2日めも、万歩計は2万歩を超えた。

特に山登りがあった2日目は足首がジンジンし、膝に痛みも覚える。

以前、変形性関節症と診断されたことがあるこの足。

あまり長い距離は歩かない方がいいのかな〜。

posted by kathy at 10:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

京都を歩く@・・・「祭りのあと」


月曜日(10日)から3日間ほどカミさんと京都周辺を歩いた。

紅葉シーズンも終わり、あたりはさながら「祭りのあと」。

金閣、銀閣、清水、嵐山、祇園といった名所ではなく、少し地味めな旧跡をもそもそと・・・。


初日は・・・


東福寺・・・京都駅からJR奈良線で「東福寺」下車、徒歩10分。

通天橋から眺める紅葉は日本一といわれる。

前回(6年前)、錦秋真っ盛りの頃に訪れたときは、他人の頭と背を眺めるだけだったが。

もとは境内いっぱいにサクラの木が植えられていたが、「後世、遊興の場になる」との理由でカエデの木に植え替えられたという。

花見客にどんちゃん騒ぎされては修行ができない、というわけなのだろう。

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この浴室は550年前(室町時代)のもの。

今でも使用可能なサウナシステムがとりいれられている。

お湯を使わずに蒸気で皮膚をふやかす「垢すり」方式。

100人ほどもいた僧侶たちがめいめいお湯を使うと東山三十六峰が禿げ山になってしまう、つまりエコ的な考えからだ、が寺の説明。

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詩仙堂・・・京都駅からバスで20分。「一乗寺下がり松」下車、徒歩4分。

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徳川家の家臣、石川丈山が隠居のために建てた山荘。

門から続く細い小径、砂と石の前庭、木々と水の裏庭、時おり聞こえる獅子脅しの野太い音などは庭づくりの名人といわれた丈山自身の設計によるもの。

室内にこんな「六勿訓」の掲額が。

  火もと 忘るることなかれ

  戸締まり ゆるむなかれ

  朝おき いとうなかれ

  食べもの  好き嫌いするなかれ

  節約 かわることなかれ

  掃除 おこたることなかれ


バス停の名前の「一乗寺下がり松」〜、どこぞで聞いたことが。

そうそう。

宮本武蔵が吉岡道場一門70数名と決闘をおこなって勝ったところだ。

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円光寺・・・詩仙堂から歩いて5分ほど。

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この禅寺は学校の役割も果たし、家康から与えられた木活字を使って儒学・兵法などの書物を多数刊行したという。

保存されている日本最古の活字は約5万個。

逆さ文字のその現物は今でも印刷に使えそう。

庭の水禽窟(すいきんくつ)は金属音を暖かくしたような澄んだ音色を聞かせてくれる。

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真如堂・・・

正式な名は真正極楽寺。

散策の場として京都市民に広く親しまれる。

4年前に亡くなった京都のブログ仲間もこの寺のことをよく話していた。

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傾いた陽のせいか、わずかに残る木々の葉や赤い門はさらに色濃く・・・。


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赤い絵の具で点描したような「敷紅葉」。

posted by kathy at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

晴れ男の道内小旅行・・・


8月5日昼に到着した新千歳空港は弱い雨が。

数日実家に滞在したあと、いつものように道内をひとり旅。

その間、ずっとお天気だった。

晴れ男、面目躍如!

そして北海道を去る朝、千歳空港にはまた弱い雨が。

まるで「迎え雨」に「送り雨」のよう。

滞在中の日中最高気温は30度前後。

地元の人は「暑い」というが、猛暑の中から逃げてきたkathyは連日さわやか。

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(美瑛の四季彩の丘。朝9時半の気温16度。上着なしではふるえる。子どものころの北海道にはこんな光景はなかった。観光用に「つくられた」景色だからと今まで興味をもたなかったが、北海道を離れて50年近く。準内地人として、素直に北海道の人工景観を眺めなおしてもいいかな、と

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(知的障害者支援施設「雪の聖母園」。高校時代、仲間と原野を切り拓くところから建設を手伝った施設だが、現在の立派な建物に当時の面影はない)

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(札幌の大通り公園でハトと心を通じあう不思議なおじさんを発見。えさを与えている風でもないが、ほほずりされるハトは完全に気を許している。ハトのハートを覗いてみたい)

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(借りたハイブリッドカー「アクア」は実によく走る。おかげで赤色灯をつけた白黒ツートーンのクルマの餌食に。16キロオーバー、反則金12000円なり。1泊6000円前後の安宿を渡り歩いていたのに、余計な出費でちゃらに。これでゴールド色の免許証ともおさらばだ。北海道旅行する友人には「道がいいから飛ばしたくなるけど、速度取り締まりには気をつけろよ」とアドバイスしてきた本人がこのていたらく。トホホ

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2011年11月11日

紅葉を出迎えに・・・


3日前、紅葉を出迎えに茨城北部へ。

花園渓谷のあたりはちょうど見ごろ。

その後ぐっと冷えこんでいるので、錦織なす木々はさらに美しさを増していることだろう。

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(花園渓谷)

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(こちらは花園神社。平日とはいえ、1年のうちでもっとも華のある紅葉シーズンにこの人の数はさみしい。先週の久野山東照宮が大入りだったの比べたら天と地。震災と放射能の影響はこんなところにも)

お隣のいわき市(福島県)の小名浜まで足をのばし、寿司をつまんで夕方の帰還。

posted by kathy at 13:45| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月09日

静岡小旅行記(下)「富士、家康、ダンテ・・・」


大道芸を見た翌朝は日本平から日本一の山を望む。


柔らかくかすんでいたが、駿河湾の向こうに浮かぶ富士の山はやはり美しい。

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そして、日本平からロープウェイで久野山東照宮へ。

前に海、後ろに断崖絶壁。

亡くなった家康を祀るため、2代将軍秀忠はこの要害の地に神殿と墓所を造営した。

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1年前に国宝に指定されたばかりの久野山東照宮。権現造りとしては日本最古。日光の東照宮は3代将軍家光が命じて造った。天下統一を成し遂げた高揚感と家康を神=東照大権現としてあがめて体制維持を図ろうとした開幕当時の空気が伝わってくる)

本殿(下)は向かって右に家康、左に信長を祀っている。

同じ天下統一をめざした信長と並ぶことで神格化を正当化したのだろう。

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静岡県立美術館も面白い。

特にロダン館は見応えがある。

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(地獄の門。中央上段に「考える人」が。高さ540×幅390×奥行き100cm)

足元にはダンテ「神曲」地獄篇の詩。

夏目漱石、上田敏、森鴎外らの邦訳も紹介されている。


地獄の門は一人称で語りかける。

Per me si va ne la città dolente,
per me si va ne l'etterno dolore,
per me si va tra la perduta gente.
Giustizia mosse il mio alto fattore;
fecemi la divina podestate,
la somma sapïenza e 'l primo amore.
Dinanzi a me non fuor cose create
se non etterne, e io etterno duro.
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'


  憂の国に行かんとするものは此門を潜れ。
  永劫の呵責に遭わんとするものは此門をくぐれ。
  迷惑の人と伍せんとするものは此門をくぐれ。
  正義は高き主を動かし、神威は、最上智は、最初愛は、われを作る。
  我が前に物なし 只無窮あり 我は無窮に忍ぶものなり。
  此門を過ぎんとするものは一切の望を捨てよ。
                    (夏目漱石 1905年の訳)

この門の先は地獄。

う〜む。


門の前では誰もが重苦しい気持ちに。

posted by kathy at 20:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

静岡小旅行記(上)「大道芸 W杯 IN 静岡」


季節外れのぽかぽか陽気。

3日の文化の日、静岡は気温28度に達した。

静岡の友人から「1年に1度の大道芸のワールドカップ、見においでよ」のお誘い。

学生時代の仲間9人がその話に乗った。

世界中から集まる大道芸人が路上、公園、城跡、港でさまざまなパフォーマンスを見せてくれる。

町おこしの一策として20年前に始まったこのイベント、今年の観客数は150万人を超えるとか。

年々規模も大きくなり、支えるボランティアの数は約700人。



行くまでは正直タカをくくっていたが、実際に見るとオドロキの連続。



すごい!




筋肉、運動神経、リズム感、動体視力・・・人間の肉体はこんなにも鍛え上げられるのか。

練習→失敗→練習→成功を繰り返しながら、芸と肉体は螺旋階段を昇るように進化していくのだろう。



彼らの評価は観客からの投げ銭が多いか少ないかだけ。

実に単純。

だから投げ銭に生活がかかる彼らは真剣そのものだ。



旅の前日に届いたビデオカメラ(Canon ivis HFG10)で初撮り。

祭典のごく一部をご紹介・・・。



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2011年10月23日

福島小旅行記 C「フクシマ復興の最大の阻害要因は?」


今回の大地震、大津波は「1000年に一度の自然の猛威」と当初から言われた。

ケタ違いの大被害を受け、数年は立ち上がれないだろうと誰もが思った。


しかし・・・


長城のような防波堤や港湾施設が破壊され、漁船のほとんどが流されながらも半年も経ずに動き出した港。

塩水につかった田んぼを何度も真水で洗い、苗を植え、この秋にはいつもと変わらないおいしい新米を収穫した農家。

9割の生き物を死なせながらも4か月で再びオープンさせた水族館。



人間は自然の猛威の前には無力だが、受けた傷は癒せる。



今回、厄介だったのは原発事故のおまけがついたことだ。

拡散した放射能から身を守らなければならない。

目に見えないものへの恐怖。


ぶれの大きい政府や専門家の発言・・・。

マスコミもあてにならない。

ましてや自分自身も・・・。

誰にも初めてのことで判断に自信がもてなかった。



人々の不安はどんどん拡大する。


その結果、「被災地に寄り添う」と言いつつも行動は違う方向へ。

  安全が確認されているのに、福島産の米や桃は食べない。

  同じサカナでも福島の港に水揚げされたものは買わない。

  福島ナンバーのクルマへのイタズラ(これは論外)。




ある人は「福島の人は普通に暮らしているが、それは絶望とあきらめの果ての普通なのだ」という。

しかし、そう簡単に夢と希望を捨てさせないでほしい。

  「がんばっぺ 福島」 
        「がんばっぺ いわき」
        「がんばっぺ 東北」

絶望した人にこんな強い力が湧いてくるだろうか。

「ふつうの暮らし」に戻りたい・・・。

失われた日常を取り戻したい一心で壊れたものをなおす。


しかし、困難に立ち向かう人々がいる一方で、逆方向へ遠のこうとする人々がいる。

かといって、不安を抱えている人に「食べろ」とは言えない。

福島の復興が進みにくい最大の原因は、実はそこにあるのかもしれない。


posted by kathy at 21:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

福島小旅行記 B「停電で20万匹が死んだアクアマリンふくしまの再生」


環境水族館を標榜するアクアマリンふくしま。

小名浜(福島県いわき市)にある。

イルカやシャチのショーこそないが、さまざまな環境条件のもとで生きるサカナや小動物、微生物を忠実に見せてくれる。

しかし、地震と津波で大きなダメージを受けた。

かんぽ 福島アクアマリン2.jpg
(水槽の厚さは35センチ前後。漏水は発生したが、アクリル板は割れなかった)


建物や水槽自体の被害はほどでもなかったが、停電のためポンプ、ブロワー(酸素供給)が止まり、非常用発電機の燃料切れとともに生き物はほとんど死んでしまった。

 その数20万匹!



「小さな水槽の生物の移動はあるていどできましたが、大きな水槽では搬出クレーンが使えず、ただただ死んでいくのを見ているだけでした」とスタッフ。


生き残った中で主なものは他の水族館に一時受け入れてもらった。

建物や周りの修復を終え、生き物をかき集めて再オープンしたのはこの7月15日。

震災から4か月後、ちょうど開館11周年記念日だった。


かんぽ 福島アクアマリン.jpg
(セイウチも帰ってきた。巨大な海獣だが、子どもが怖がらないのはその愛嬌のある顔と仕草ゆえ)

再開から3か月。

この日の一般客は数えるほどだった。

先生に引率された幼稚園の子どもたちの歓声にホッとする。


逆に目立つのは説明ボランティア。

親切にあれこれ教えてくれる。

「大食いのサンマの成長は早いんですよ。見る間に大きくなり、2年ほどで死ぬ」

「タコはふだん目立たない色ですが、ほら、水槽を突っつくと怒って色が濃くなるでしょ」

「顕微鏡、ぜひ覗いてみて。今朝摂った海水の中のプランクトンです。沢山いるでしょ。このあたりの海は豊かなんです」

「水槽は厚さ7センチのアクリル板を5〜7枚張り合わせています。ガラスだと割れますが、アクリルは弾力性があるので水圧に耐えられるんです」

「アクアマリンの屋根にもアクリル板が使われていますが、地震では1枚も落下しませんでした」

「みんなで復興に努力しています。でも原発の影響でお客様が少ないのが残念です」

「茨城からお越しですか。ホントにありがとうございます。ぜひまた来てください」

アクアマリン周辺の環境放射線量、海水中放射物質量はほぼ平常値(HPに掲載されている)。

地震と津波の被害を乗り越えたアクアマリンふくしまは、いま原発の影響と闘っている。

一生懸命、再生に取り組んでいる職員、説明ボランティアたちにとって「友、遠方より来る」は何よりの励ましになるのだろう。

力仕事は出来ないけれど、行くくらいなら大丈夫。

またお邪魔しますよ。

アクアマリン ステッカー.jpg
(出入りしている設備屋さんのクルマにこんなステッカー。一歩ずつ進めば必ず先が見えてくる)

アクアマリン飼育管理課.jpg





 



posted by kathy at 21:51| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

福島小旅行記 A「あの大漁港、小名浜で地魚が食べられない!」


翌日、海沿いに南下。

路肩が崩れたり、波打っている所が次々に現れる。


やがて我々のクルマは小さな漁村へ。

人っ気がほとんどない。

残された基礎コンクリートだけがそこに家があったことを示す。

2階まで津波に洗われ、穴だらけのゆがんだ家もまだ多い。

集落ごと「復旧作業優先のため全面立ち入り禁止」のところも。

カメラは持参したが、生活の匂いが残る家屋を写す気にはとても・・・。


(1年前に塩屋崎灯台の上からコンデジで撮影した360度パノラマ動画。立ち入り禁止となっていたので、今回は灯台まで行けなかった。この美しい景色は今どうなってるのだろう。今回泊まったホテルは太平洋に向かって左中段の岬を越えたところ。福島第一原発はさらに40キロほど先)

(塩屋崎灯台の足元にある集落の震災直後の映像)


さらに南下するとそこは小名浜港。

屈指の水揚げを誇る港だが、意外にも魚市場はほぼ休眠状態。

3日前のサンマ78トンの水揚げは8月末のカツオ以来まだ2度目。

気仙沼港(宮城県)や石巻港(岩手県)が動きだしている中で、小名浜港のたち遅れが目立つ。

なぜ同じ津波の被害から小名浜だけがまだ立ち上がれないのか・・・。

しかし、営業を再開していた近くの魚屋は「これは原発の影響です」という。

産地・福島というだけで値段を叩かれ、売れ行きも悪い。

だから漁船は穫ったサカナをやむなく他県の港へと運ぶ。

このため、魚市場にはほとんどサカナが並ばないというのだ。


地元の人が「うまい」と勧める回転すし屋「源洋丸」でお昼。


源洋丸岡小名店.jpg
(源洋丸岡小名店)

地元の新米シャリの上に大きなサカナが鎮座し、評判通りのおいしさ。

しかし、「本日のおすすめ」ボード上のサカナの産地はどれも他県の表示。

日本有数の水揚げ港、小名浜だというのに地魚が食べられない。


「福島」というだけで漁業は沈んだまま・・・う〜む。


posted by kathy at 10:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

福島小旅行記 @「震災から7か月・・・どうせカネを使うなら」


18〜19日、音楽仲間と秋の一泊小旅行へ。

別の音楽仲間が箱根の立派なホテルを紹介してくれたが、丁重に断って福島県いわき市の宿をとった。

もともと贅沢旅行は我々には似合わない。

それにこの時期、少額でも旅行にカネを使うなら被災地で、との思いはみな一緒。

泊まった「かんぽの宿いわき」は津波に襲われたものの建物の被害は小さく、震災後、避難者に各部屋を利用してもらいながら設備の修復を進めて、この夏再オープンした。

全59室オーシャンビュー、目の前に180度太平洋が広がる。

かんぽいわき 日の出.jpg

この日、あれほど怒り狂った海は何事もなかったかのように静かだった。

しかし・・・

歩いて数分の新舞子ビーチ海水浴場の駐車場は津波で舗装がめくれ上がり、公衆トイレは屋根まで傷んでいる。

防風林は陸側に向かってなぎ倒され、300メートル先にはひっくり返ったままの乗用車が1台。

震災から7か月以上経つというのに、優先順の低いものにはまだ手すらつけられていない。

手が回らないのだろう。

かんぽ 海水浴場.jpg

かんぽいわき 防風林.jpg


ホテルは福島第一原発から約40キロ南にある。

ちょい先からは緊急時避難準備区域

お風呂(ナトリウム-塩化物強塩温泉)も料理もサービスも申し分ないが、客はまばら。

平日ということをさし引いても少なすぎる。

地震・津波の被害も甚大だが、7か月経っても人で賑わわないのは原発事故の影響が大きい。


posted by kathy at 15:02| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

開智学校 生徒心得・・・唾をつけて教科書をめくらないこと


放映中のNHK朝の連続ドラマ「おひさま」にヒロイン陽子が学校帰りに飴屋にしばしば立ち寄る場面が出てくる。

寄り道は校則違反だから、友だちと3人でこそこそと店へ。

が、これは昭和10年代半ばの話。


松本市の旧開智学校の展示物の中に明治11年(1978年)の「生徒心得」を見つけた。

そこにこんな一節が。


 第7条 途中ニテ遊ヒ無用ノ場所ニ立ツヘカラス。(以下略)


西南戦争(1977年)の翌年には寄り道が禁じられていたようだ。



130年以上も前のこの生徒心得・・・

内容はずいぶんと細かいが、封建制度が幕を閉じて10年余り、バランスのとれた市民を育てようとの新時代の気概が感じられて興味深い。



原文のままで十分わかりやすいが、ざっと全文を今の言葉になおすと・・・(間違いがあったらご指摘ください)。



開智学校 生徒心得


第一条 校内、校外を問わず生徒同士の交流は親切、謙遜を大事にし、決して不敬不遜に振る舞わないこと

第ニ条 人を詮議したり友と無益の論争はしないこと。但し文学問答は遠慮なく。その際は丁寧な言葉を使い、決して大声を張り上げたり、傲慢不遜の言葉は使わないように。

第三条 校則、罰則、諸例規を守り、教師の意見を聞いてその指揮を受けること。教師が決めたことには一切異論を言わないこと。我意を通そうとしたり、強情を張らないこと。

第四条 毎朝早く起き、顔と手を洗い、口をすすぎ、髪を整えて父母に挨拶し、朝食が終ったら忘れ物がないよう
学校に出る準備をすること。

第五条 毎朝、授業時間の10分前には登校すること。

第六条 先生、友人はもちろん知人にあったときは礼を尽くして挨拶すること。その際、帽子、襟巻きをつけているときははずしなさい。

第七条 登下校の途中、遊んだり無用の場所に行ったり無益の物を見ないこと。瓦石、弾丸の類いを投げたりしないこと。もし馬車、人力車等に出会ったら、傍らに避けて怪我をしないように。

第八条  途中、壁や橋梁など総ての建築物に落書きしたり、樹木を折ったりしないこと。

第九条  校内では帽子、襟巻は着用しないこと。出入り口では履き物を乱さないこと。廊下を走らないこと。

第十条  毎朝教室に入るときは相互に挨拶を交わすこと。

第十一条 戸、障子の開閉は静かに。書物はなるべく丁寧に扱い、破損させないように。書物をめくるときは爪で紙を傷つけないように。また唾をつけてめくらないように。
 
*紙と印刷が貴重だったので同じ本を何年も使い回した。新品の教科書を1年間だけ使う現代の子どもには考えられない教室風景だろう。

第十二条 授業中は集中して教師の教えに従い、よそ見をしたり雑談等をしないこと。

第十三条 授業中、自分の意見を述べたいときは手を挙げ、教師の許可を得てから発言すること。

第十四条 トイレに行ったら便所や衣服を汚さぬよう注意すること。休憩時間しかトイレに行ってはいけないが、教師の判断で許可することはある。

第十五条 休憩時間でも理由なく自席を離れないこと。教室内外をうろつかないこと。戸口にたたずまないこと。窓から頭を出したり、唾を吐いたり、墨汁等を捨てないこと。

第十六条 教師の机上にある書物をめくらないこと。黒板に落書きしないこと。教鞭をいじったり、椅子にもたれないこと。

第十七条 休憩時間こまを回したり、危険な遊びをしないこと。

第十八条 遅刻して登校したときはそのまま席に着かないこと。遅刻の理由を述べて教師の指図を待ちなさい。

第十九条 休み、遅刻、早退は自筆または親戚が書いた書面を事前に届けること。早退は書面に教師の捺印がなければ家に帰ってはならない。

第二十条 すべての履き物、傘など他人の物を誤って使わないよう注意すること。

明治十一年五月

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2011年07月01日

哀しいかな守り子物語・・・松本・旧開智学校


松本の旧開智学校も必見。

DSC00391旧開智学校.jpg

明治9年に多くの市民の寄付によって建てられた小学校で、当時としては最大級の木造擬洋風学校だった。

昭和36年に重要文化財に指定され、同40年に現役を引退して教育博物館に。

その中にこんな展示物が・・・。

DSC00387守子総代.jpg

私共は不幸にして学校へもあがらず子守りに参りましたが
先生や御主人のおかげ様で文字や子供のしつけ方など
おしえていただき 今日めんじょうをいただくことになりまして
まことにうれしく思います。こののちは一そうべんきょうして
御恩にむくひたいと思います。 
明治44年3月25日
子守り生徒総代
赤澤たつ江   
(原文のまま)

貧しい家に生まれたばかりに学校に行けず、守り子奉公に出された女の子にも開智学校では教育の機会を提供していた。

幼児を背負いながら読み書きやしつけを習う子守り学級の子どもたちには形ばかりの卒業式もおこなってあげた。

さすがに教育熱心といわれる松本の学校だ。

しかし、守り子奉公は姉が妹のお守りをするのと違う。

口減らしのために出された奉公先の赤子を背負い、掃除、洗濯など家事まで強いられる日々は、小さな女の子にとって楽ではなかった。


最近、われわれがよく演奏する「竹田の子守唄」の元歌(京都府民謡)にはこんな歌詞がある(一部を紹介)。

この子よう泣く 守りせというたか
泣かぬ子でさえ 守りゃいやや どしたいこうりゃ きこえたか 


*泣かない子でも子守りをするのはいやだ。

寺の坊さん 根性が悪い
守り子いなして 門しめる どしたいこうりゃ きこえたか

*寺の境内で子守りをしていると、心の狭い坊さんから「出て行け」と怒られる。

盆が来たかて 正月が来たとて
なんぎな親もちゃ うれしない どしたいうこりゃ きこえたか


*盆正月がきても、難儀な親を持つとうれしくない・・・



熊本県民謡「五木の子守唄」も哀しい。

その歌詞の一部・・・。


おどま かんじん かんじん
あん人達ゃ よか衆(し)
よかしゃ よか帯 よか着物(きもん)


*私たちは貧乏でみすぼらしいが、ご主人たちはお金持ち。みんな美しい帯や着物を持っている。

おどんが うっ死(ち)んだちゅて
誰(だい)が泣(に)ゃてくりゅきゃ
裏の松山ゃ 蝉が鳴く


*私が死んだからとて誰が泣いてくれるだろうか。裏の松山で、蝉が鳴くだけだ。

歌詞下の*印はkathyの意訳。正確ではないかもしれません。悪しからず。

posted by kathy at 21:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

安曇野に行ったらここは見たい La Castaの庭園



安曇野高原にある民間の庭園「La Casta」は実に見事。


ラ・カスタ ナチュラル ヒーリング ガーデンが正式名称。
  http://www.alpenrose.co.jp/garden/index.html


木々と花々を縫う小道・・・。

アクセントになっている池、滝、吾妻屋・・・。

そう広くない敷地を広大な庭園に見せる設計にも驚くが、手入れも丹念。

花木が元気なのは庭師たちの愛情と努力の賜物だろう。


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実はここは工業団地の中。

La Castaブランドのアロマ製品をつくるアルペンローゼの工場敷地内というのがその正体。

山腹にあった工場をここに移転し、6年前にガーデンを公開した。

2年前には緑化優良工場として経済産業大臣の表彰を受けている。


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塔屋に登ると安曇野高原の向こうに北アルプスの連山が・・・。

緑、緑、緑・・・。

ここが日本だなんて信じられますか?

しかも工業団地の中だなんて・・・。


La Casataのブランドコンセプトは「植物の生命力と癒し」。

五感で感じるガーデンをめざしているので、入場者数を抑えた完全予約制をとる。

入園料800円は安くはないけど、しっかりと癒されます。



posted by kathy at 05:51| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

間一髪で土砂崩れを逃れる

けさ、NHKニュースを見てびっくり!

「上高地で土砂崩れ 観光客700人が戻れず」

実はその前日、この辺りを散策し、写真をおさめていたのでした。

DSC00262かっぱ橋2.jpg
(上高地のカッパ橋付近から穂高連峰を望む)

上高地の空気と新緑、そして清らかな流れ・・・。

癒されました。


しかし、穂高連峰の高い峰から雲が下りてきて、帰り道はもう雨。

変わりやすい山の天気に加え、梅雨前線もこの日は各地でイタズラをしたのでした。




posted by kathy at 20:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月28日

南房総 春の小旅行B 「旅の終わりはいつもこのパターン」


房総まで来たんだから干物でも買って帰るか。

同じメンバーで来た去年、干物はバスが何台も横付けされる大きな土産物店で買った。

今回向かったのは家族経営のコンパクトな白浜干物センター

ここに決めたのもネットの口コミ情報から。
白浜ひものセンター.jpg

機械干しではなく天日干しが自慢。

無添加。塩は天塩だけ。

店先の七輪で焼く試食用のイワシが実にうまい。

というわけで評判のトロアジばかりかサバ、イワシ、サンマそして金目鯛までも衝動買い。

「海老で鯛を釣る」じゃなく、「イワシで金目鯛を」買わされちゃった。

帰宅した日の夕食、まずトロアジを賞味。

脂がのった大型のアジの干物は間違いなく一番のごちそうだった。



旅の次の目玉は須藤牧場

のはずだったけど、到着が早すぎてまだあいてなかった。

研究熱心さで話題になっている家族経営の牧場だ。

牛舎では100数十頭の牛がこちらをじろじろ見やりながら朝食中。

周囲にはロープが張られ「立ち入りお断り」の札が。

昨今、畜産業は病気予防でどこもピリピリしているのだろう。

搾りたての牛乳でつくるアイスクリームをなめ、晩酌のつまみ用に自家製チーズを買うつもりだったが・・・残念。

しゃ〜ない。来年、また来るべ〜。



小泉酒造.jpg
飲み助が多い我々の旅行には必ず「酒蔵見学」が組み込まれる。

今回訪ねたのは小泉酒造

200年余りの歴史を持つ銘酒・東魁で知られるメーカーだ。

大吟醸、純米酒、普通酒、濁り酒など20本ほどが試飲できる利き酒コーナーは、直前にバスで到着した30名ほどでごった返していた。

我々その団体さんにまぎれて・・・ぐびりぐびり。

ペットボトルのキャップほどの盃とはいえ、重ねるほどにいい気分に。

ふと気がつくと目の前にこんな触れ書きが。

「10種を試飲すると約1合飲んだことになります。
      くれぐれも飲み過ぎないようご注意ください」

ウぃ〜。もう、飲んじまったよ〜。

旅の終わりはいつもこのパターン。

試飲であることを忘れたカナリアか。

お粗末さまでした。

お酒は・・・?

え〜、え〜、おいしゅうございましたよ。

       (南房総 春の小旅行のレポートは今回で終わります)


posted by kathy at 22:45| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

南房総 春の小旅行A 「新米女将の奮闘記」


2人の子どもを持つ男性とひとりの子を持つ女性がお見合いした。

初対面の印象はお互い最悪。

そのまま帰ろうかと2人とも思ったが、次に会ったときは予想外に楽しいものとなり、3度目のデートではもう手をつないでいた。

男性は旅館のひとり息子。

  「僕は旅館の女将を探しているのでもないし、
   子どもたちの母親を探しているのでもない。
   僕の奥さんになってくれる人を探しているだけだ」

と口説いてお互い2度目の結婚へ。

しかし、妻となった女性は、10年間のデパート店員経験を生かして宿の売店を手伝い始め、12年前に女将に。

結婚前のダンナのマニフェストはどこぞへ飛んでしまい、彼女はいま妻、主婦、母親、女将である。

人生、わからない。



今回泊まったのは南房総・白浜の季粋の宿「紋屋」。

 
すっかりカビ臭くなっていた紋屋は、新米女将のもとでおもてなしの宿にどんどん変身していく。

彼女が書く「新米女将のひとりごと」は、サービス業だけでなく、いろいろな仕事に通ずるものがある。

時間のある方はぜひ目を通していただきたい。


たとえば・・・。

予約したとき、電話の向こうでいきなりこんなエクスキューズが。

  「紋屋は古いお宿で4階までエレベーターがございませんがよろしいでしょうか」

「いいことだけではなく、都合の悪いことも説明した上でお決めいただく」のが女将流。

弱みをすなおに白状する旅館・・・ちょっとのぞいてみたくなるから不思議だ。

大きなお金をかければ改修できるかもしれないが、手の届くところからなおす。

器の立派さよりもおもてなしの心を大事にしたい宿ってどんなところか。

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(菜花づくしの先付け)

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(サザエと食用花のサラダ)

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このあたりの宿の定番魚料理といえば近海魚の舟盛りだが、紋屋は「房総にはほかにも肉や野菜など食べていただきたいものがいろいろありますので」とシンプルなお造りを出す)

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(わかめと鶏肉のしゃぶしゃぶ。とったばかりの生わかめは、湯にくぐらすと鮮やかな新緑色になる)

案内された部屋は見晴らしのいい4階。

確かにいくつかの階段を重い楽器を担いで上るのはしんどかったが、要所要所に「段差がございます」、「エクササイズ階段、もう一息」などの注意や励ましが手書きで

野島崎灯台は目の前。

太平洋の水平線が窓いっぱいに広がる部屋に入ったとたん、山の頂上を極めたような達成感と満足感が。


仲間の評価が気になったので翌日聞いてみると、全員「また泊まりたい宿だね」。

ホッ 。

宿の手配をした幹事役としては安堵、安堵。

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<参考> 夕食の献立  *上の写真はその一部

平成二十三年・如月「創作和膳」 お献立

 

彩り盆   春の香りの彩り盆

             一の皿 菜の花尽くし 子持ち昆布・鯨・ささみ・帆立とともに 

              二の皿 イカ蕗味噌 ふきのとう天ぷら   桜湯葉グラス

椀 物   蛤吸い

 *潮仕立ての蛤のお吸い物

お造り   梅花盛り

*目鯛黄身まぶし 勘八 まぐろ 鯵姿造り 桜鯛

お凌ぎ   ねぎ塩シラスご飯

煮 物   里見和豚の赤ワイン煮

               *地元ブランド豚をじっくり煮込んで味付けました

中 皿   緑の豆とお花のサラダ

*地元産の食用花のサラダを地元産のキンセンカで作った

 ドレッシングで

温 物   名物磯香鍋  房総地鶏のローストと共に

*まず、紋屋早春の定番・わかめの新芽のしゃぶしゃぶをどうぞ

 さっと色が変わったらそのままお召し上がり下さい

 その後に房総地鶏のローストと野菜を入れてお好みで柚子胡椒も

果 物   三芳産の自家製みかんゼリー

*三芳産のハチミツとカンパリが隠し味

    (自然資源保護のため、特製箸をご用意致しました)

 

             季粋の宿 紋屋

                   調理長 谷田部利夫


お勧めの冷酒やワインとお料理を組合せる楽しみのために、また追加のお料理をお考えになる時のご参考のために、予め本日のお献立をご用意致しました。


posted by kathy at 22:11| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

南房総 春の小旅行@ 「休日料金で茨城発東京・神奈川経由南房総へ」


ネットの口コミ情報はありがたい。

好評、不評をバランスよく読んでおくと、見所にしても宿にしても大きくは外れない。

20日、21日はバンド仲間6人で南房総へ一泊小旅行。

出発日の20日は日曜日。

房総には直行せず、休日割引の高速道路でいったん東京へ。

ほぼ全容を見せたスカイツリーを見ながら都内を横切り、首都高横羽線経由で川崎から東京湾横断「アクアアライン」で海底に。

DSC09870海ほたる.jpg
(千葉側に向かって海底を2/3ほど走ったところにある海ほたるから木更津方面を見る。ここの技術資料館「うみめがね」は必見。宇宙技術もすごいが、海底トンネルを造った日本の土木技術にも鳥肌が立つ)

千葉県側に渡り、一路、南房総へ。

幹線道路はあちらこちらで渋滞している。

東京や神奈川ナンバーが目立つのは休日料金を使って房総に花摘みに出かけるアクアラインユーザーが多いせいか。

しかし、幹線から一本浜寄りの旧道はスイスイ。

すいた道を走れば、腹もすく。

以前から気になっていた石臼挽きで評判のそば屋安房叶庵車中から電話で予約。

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(我々が食べたのは2口サイズの玄そばが15山並ぶ「板そば」。これで約2人前で890円。もり汁=250円、きざみ鴨汁=450円、とろろ汁=450円3種のつけ汁の中から好みのものをオーダーする。香りの高い玄そばが落ち着いた雰囲気の中で食べられる。わが家の近くにこんな店があれば通うんだけど)


腹は大満足。

車はこの日の目的地、白浜へ。

房総半島最南端にある野島崎灯台には数年前にも同じ仲間と来ているが、すっかり失念。

周辺を歩き回った末にようやく「そういえばこの灯台、前にも来たな」とつぶやいてみんなの失笑を買う。

いよいよアブナいかな。

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(野島崎灯台の岩場には太平洋上のサンライズ、サンセット双方が見られるビューポイントが。まだ午後3時、おまけにこんなどんよりした天気では待っても日の入りを拝めそうにはないが)

灯台の足元にある民間の白浜海洋美術館も面白い。

派手な展示物はないが、万祝半纏(まいわいはんてん)などを中心に変わった漁具、船具、いろいろな漁を描いた絵など珍しいものが見られる。

江戸時代、年間千両の水揚げがあった大漁年の暮れに船主が船子に贈った半纏が万祝の始まり。

一種のボーナス代わりだったのだろう。

この海洋美術館は別名「万祝美術館」といわれるほど、万祝の展示は充実している。

船主の得意とする漁によってすそに描かれる絵はクジラ(写真下)、イワシ、カジキ、ブリなどと変わるが、そのどれもが力があって美しい。

これを着て正月二日に神社にお参りした船子たちは、船主の家で三日三晩ごちそうになった。

船主は危険と背中合わせの漁師たちをよほど大事にしたにちがいない。

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(着てみると柔道着のように重たく、ごわごわしていて動きやすくはない。ハレの日に着る万祝を贈る習慣は昭和30年代まで残り、やがて実用的な背広のプレゼントに姿を変える)
posted by kathy at 16:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

北東北 秋の旅F「奥州平泉の金色堂」

五月雨の 降り残してや 光堂 (芭蕉)

帰路、立ち寄ったのは平泉の金色堂。

源義経をかくまった罪でその兄・源頼朝に最後は滅ぼされる奥州藤原氏ですが、大きな権勢を振るった栄華の名残があちこちに。

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(金色堂の実物は向こうのコンクリート建築物の中。内部は撮影禁止でしたが、瓦以外は金箔でそれはそれはまばゆいばかり

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(杉の巨木の足元では、幾何学模様のコンクリート階段が無粋に見える)

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修学旅行でやってきた高校生たちか。ドイツ語のやりとりは静かな境内にちと場違いの感)


昨日のパーティの影響で眠い、眠い。

約150キロごとにサービスエリアで休みながら、なんとか茨城の自宅に到着。


この日は日曜日。

高速道路はどんなに走っても1000円でした。

「北東北 秋の旅」は今回で終わります。
posted by kathy at 12:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

北東北 秋の旅E「津軽で54年間。ずっと幸せでした。悲しかったことは一度もありません・・・

今回の旅の目的は、実はこの人に会うことでした。

E神父。カナダ人。80歳。

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カナダの田舎町を発ち、3日間の汽車の移動、そして15日間の船旅を経て日本にやってきたのが54年前。

それ以来、ずっと津軽・弘前市に住んで布教活動にあたってきました。

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この日、E神父のお世話になった元学生たちの一部約180人が市内のホテルに集まり「感謝の集い」を。

同じ寮でバンドを組んでいた仲間たちと40数年ぶりに演奏したのは「ブルーハワイ」と「幸せはここに」。

当時ほど声は出なくなったものの、さすが節回しがうまいのは校長先生を退官して悠々自適の毎日を送るNさん。

昔のままの甘いスチールギタ-の調べを聞かせてくれたのは、現役開業医のYさん。当時のバンマスで、今も時々ギターにさわるとか

どちらも音楽の楽しさを教えてくれた恩人先輩です。

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旧友たちと談笑しているうちに、突然E神父からご指名が。

「禁じられた遊び」のリクエストです。

ひとり立ち弾きして終わったら、すかさず「もう一度〜」のアンコール。


彼はまもなく日本を去り、カナダに戻るとか。

「54年間ずっと幸せでした。悲しかったことは一度もありません。津軽の土になることを望んでいましたがカナダに戻らなければなりません」

所属する会の本部方針は、「布教のために過ごした国で最後の面倒までみてもらってはいけない」ということのようです。

酒、タバコを覚えた寮ですが、それよりもこの人からはもっともっと大事なことを無言で教わりました。

「愉快な友だちをたくさんつくりなさい」  

神父さん、「さよなら」は言いませんよ。
だけど、心からこの言葉は言わせてください。  

ありがとう〜!
 
posted by kathy at 21:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月19日

北東北 秋の旅D「学生時代をすごした弘前を久しぶりに・・・」

早朝の弘前城を歩く。

この街で学生時代の4年間を過ごした。

行き慣れた、見慣れた公園のはずだったが、初めてのような新鮮さを感じたのは40年超の時の移ろいのせいか。

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(弘前城の天守閣と紹介されることが多いが、これは隅櫓。天守閣は現存しない)

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(城から名峰「津軽富士」=岩木山を遠望する)

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(このサギ、堀に映った自分に恋をしているのかナ)

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その昔。

津軽藩を訪れた幕府の検地役人が問う
  「あの山(岩木山)の向こうは何ぞ」。

藩家老答えていわく
  「岩木山の向こうは手付かずの山また山でございます」

15万石の津軽藩が実はその石高以上に豊かだったことを伝える逸話。

kathyだって学生時代は山の向こうは山、その先は日本海と思っていました。

ところが、初めてお岩木山をぐるりと回ってみると・・・。

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そう。
そこには豊かな実りをもたらす田畑が広がっていました。

さらに足を延ばし、白神山地へ。

1993年、姫路城などとともに
日本で初めて世界(自然)遺産に認定された地域です。

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この道を登ると手付かずのブナの原生林や見事な滝があるはず。

しかし、下りてきた人に聞くとこの先はかなり険しい山道。

ジャケットに白ズボン、革靴ではちと無理そうなので、ここで退散です。

だけど、空気がうまい!

posted by kathy at 09:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

北東北 秋の旅C「早起きは三文の徳」

朝6時集合。

酸ヶ湯温泉のスタッフが周辺散歩のガイドを無料でしてくれるとのこと。

1時間ちょっと、朝陽が照らし始めた標高1000m前後の林の中を歩きました。

現地のスタッフしか知らない道に分け入ります。

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おあとは説明もヤボというもの。

紅や黄色に染まった見ごろの山々をとくとご覧あれ。
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まんじゅうとはこの地では女性の大事なところの意。ここで尻を温めれば子宝が授かるとか・・・。

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ウォーキングの心地よい疲れを千人風呂で癒して食べた朝飯のなんとうまかったこと!

「早起きは三文の徳」は事実でした。

posted by kathy at 14:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

北東北 秋の旅B「奥入瀬を散策して酸ヶ湯泊まり」

南部の八戸から津軽地方へいっきに移動するのはもったいない。

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途中、奥入瀬渓流を散策し、今宵は酸ヶ湯にでも泊まろうか。

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(正面は標高1584mの大岳)

40年ほど前、お風呂だけ借りたことのある酸ヶ湯温泉。

床がミシミシと悲鳴を上げる古い宿だが、強めの酸性湯が体を芯から温めてくれる。

ここの名物は混浴「千人風呂」。

男女別々の脱衣場から広い浴場に入ると、そこは垣根なし。

kathyも健康な男子。

多少の期待を抱きつつ、千人風呂につかること20分。

体はふやけ、頭はボーッとなってくる。

しかし、湯気の向こうはいつまでたっても男ばかりでした(アハハ)。

posted by kathy at 16:30| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

北東北 秋の旅A「いきなり八戸」

電車、飛行機、レンタカーを乗り継いでの旅も疲れが少なくていいけど、クルマで気ままに動き回るのも捨てがたい。
 
岩手県側から山越えして秋田県の温泉に1泊した翌日、今度は青森県のそれも太平洋側の名だたる漁港「八戸」で寿司でも食いたいな・・・の気持ち。

電車の旅ではこんなわがままは許されないが、文句ひとつ言わずひたすら走ってくれるのがマイ・プリウス。

そして八戸港の漁師食堂で「一般の人はここがいいよ」と教えてくれたのが「八食センター」。

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そして、中には寿司専門店のほかご覧の回転寿司店が。

ネタがよければ回転寿司だってうまい。

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走り続けて偶然踏み入れたのが田子(たっこ)町。

ここのニンニクはその匂いの強さで日本一とか。

もはやブランド化した「たっこニンニク」をゲットしてひた走る。

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そして、南部せんべい。

ピーナッツ入りの少し甘めのヤツもありますが、kathy好みは写真のゴマせんべい、塩味です。

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青森は観光も食い物も気取らないのがいい。

ストレスを感じさせないのは何よりのご馳走です。

posted by kathy at 19:56| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

北東北 秋の旅@「ホームレス体験」

久しぶりにマイ・プリウスで東北地方を走ってきました。

4泊5日。

総走行距離1700キロ。

紅葉を愛で、温泉につかって、そして・・・。

最初の目的地はこんなところ。

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3度目の玉川温泉。同系の新玉川温泉を含めると4回通ったことになります。

pH1.05。日本一酸性の強い湯船で顔を洗うと人によってはただれるほど。

少しでも目に入ると強い痛みを感じ、蚊に刺された跡やすり傷跡、敏感な部位などはチクチク、ヒリヒリ・・・。

真偽のほどは別にして「ガンが治った」などの体験談で知られる温泉です。

確かに手足痛、腰痛、肩痛の人に混じって、抗がん剤?で髪が抜けた湯治客も見かけました。

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路上にはホームレスがたくさん。

失礼。これ、玉川温泉名物「岩盤浴」をしているところ。

kathyは路上ではなく正真正銘、岩盤の上に約30分。

「隣人」の肩先には「立入禁止」の注意書きが。

風のない日やくぼ地は毒性ガスに要注意です。

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岩手県と秋田県を結ぶ山越え「アスピーテライン」は何も見えない濃い霧の中でしたが、翌朝はこんなカエデが。

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posted by kathy at 15:34| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

四国めぐりD「歴史の厚み・・・」(終り)

松山城は標高132mの山城。

ホテルマンに聞くと「徒歩じゃきついですよ。ロープウェイを使ったほうが・・・」のアドバイス。

だけど、武士たちは毎日この坂を上ってお城まで「出勤」していたはず。

歩いて登ろう。

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冷たい雨が断続的に降る中の「登城」は、最初のうち結構しんどかったものの次第に足も坂になれ、何とか天主閣のある頂上に到着。

寒い中でしたが、うっすらと汗をかくほど。

車での移動ばかりだった我々にはいい運動になりました。


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(松山城の天守閣近くにいるすずめは実に人なつっこい。チョンチョンと寄ってきます。誰かが餌付けでもしているのかな?)

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3年半前に訪れたときは、運悪く年1回の「すす払い」でお休みだった道後温泉本館。同じ湯を引く「椿湯」に入ったのを思い出しました。

しかし、今回は本館のお風呂へザブ〜ん。

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小雨降る中を歩いて冷えた体は、無色無臭のやさしいお湯でたちまち骨までぽかぽか。

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翌朝は「坂の上の雲ミュージアム」へ。

正岡子規、秋山兄弟に焦点のひとつが当てられてはいるものの、近代国家「日本」の形成過程を「整理・復習」できた点で見ておいてよかった資料館。

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四国最後の地、松山のみやげといえばゆずの香り豊かな郷土菓子「タルト」。

店内に「針はまっすぐ正直に」の額を掲げる六時屋足を運びました。

長針、短針が一直線になる「六時」を店名にした創業者が「仕事の基本は正直」としてこの言葉を残したとのこと。

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いよいよ、旅も終楽章。

四国・今治と広島・尾道を結ぶ「しまなみ海道」に架けられた橋は10本。

その1本1本、長さ、形が異なります。

駐・停車が禁じられた橋の上を、スロースピードで堂々「わき見運転」です。

右に左に目に飛び込んでくる瀬戸内の「箱庭」表情は、グランドキャニオンなどの荒々しい景色とは真逆の癒しの光景。

ホッとします。

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(運転しながらカシャッ・・・)

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海を渡った岡山では車の返却予定時間まで少し余裕が。

で、後楽園へ行ってみました。



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江戸時代、備前池田家が治めた岡山城の足元に広がる広大な庭園で、中に入るのは初めてです。

本格的な開拓が始まってまだ150年たらずの北海道で育った者には、数百年の歴史を感じさせる庭園や城、寺などはすべて感動の対象。

最近話題のスカイツリーといった最新構造物もいいけど、時代のテーマを前に昔人がどう考え、いかに解決したかを想像するのは愉快至極です。

美景、奇景はあれこれたくさんある北海道も、歴史、文化の「厚み」でみると本州以南の各地には到底かないません。

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約700キロを走り終えたプリウスを岡山駅前のトヨタレンタカーに返却。

帰りの新幹線では弁当を食べた途端爆睡モードに突入です。

同行のカミさん、娘のガイド兼ドライバー役を務めたせいかいささか疲れましたが、いろいろな発見を通して旅の醍醐味を満喫できたのはいつもと同じ。

旅はいいですね〜。

  *連載「四国めぐり」を終えます。


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posted by kathy at 12:08| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

四国めぐりC「雨の中の四万十川」

「日本最後の清流」といわれる四万十川は全長196km。

大規模なダムも両岸の堤防もないので、増水や渇水は自然のおもむくまま。

たぶん、景観は太古の昔と大きくは変わっていないのかも。

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(深い谷を縫って流れる四万十川。両岸を結ぶ唯一のルートは沈下橋)

流域に湧き水が多く、きれいな水が常に流れているので、鮎やうなぎ、川エビなどの漁業資源も豊かなようです。

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(増水時に川底に沈む沈下橋には流木がひっからないよう欄干がついていません。クルマ1台がぎりぎりの橋をそろりそろり運転しましたが、平均台の上を歩くよりもずっとスリル感があります。よそ見運転なんてとてもとても・・・

4年半前に訪れたときは晴れていた四万十川(写真下)。
今回は雨中の訪問でした。

谷間に雲が低くたちこめるサマは実に新鮮。
同じ四万十川ですが、前回とはまったく違う世界を見る趣です。

旅は「晴れ」ばかりじゃないぞ、ということなんでしょうね。

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(2005年の暮れに訪れた四万十川はこんな表情。そのときの記事はこちら)
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2010年03月31日

四国めぐりB「呆けに歩危・・・」

ボケにはこんな字も。

祖谷渓(いやけい)へ向かう峡谷についた名は大歩危(おおぼけ)、小歩危(こぼけ)。

「呆け」に「歩危」・・・。
どちらももうすぐに違いないkathy。

冷たい雨の中、急峻な谷川の船下りは休みでしたが、五月の鯉が元気いっぱい泳いでいました。

sooboke.JPG


高知に着けばやっぱりカツオだべサ〜。


脂が乗った戻りガツオと違い、今のこの魚は実にヘルシー。
バクバクいけます。

うわさに聞いていた「塩タタキ」なるものを注文してみました。

塩を振ってから藁で焼き、ポン酢などで食べるのがふつうのタタキ。

これに対して、塩タタキは何も振らずにあぶってから塩とスライスにんにくで食べます。

それとあぶった魚を氷水で締めずに生温かいまま食べるのも高知流。

shiotataki.JPG

いけますね、これ。

関東で初ガツオをゲットしたら早速「塩タタキ」に挑戦してみます。
posted by kathy at 15:00| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

四国めぐりA「飾り気のない店で素っ気のないうどんをすする」

メン食いkathyも西へ行けばラーメン屋ではなくうどん屋へ。

特に香川県を通るときは、さぬきうどん以外の昼食は考えもしません。

飾り気の一切ない店でこれまた「かけ」か「ぶっ掛け」の素っ気のないうどんを噛むというよりすすりこむ。

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(かけうどん180円に火が半分通った温泉卵90円、しめて270円。「ネギをいっぱい」と言ったら、2杯分載せてくれました。濃い口醤油に慣れた目には頼りない汁の色ですが、魚介系のダシがしっかり効いたやさしい味。1滴残さず飲み干したら足の先までぽかぽかになりました)

具はネギにショウガ。

元気がほしいときは卵。

口がさみしかったら野菜か魚介のてんぷらを1点奮発するととたんに気持ちがリッチになる。

我々がふだん食べているものと何が違うんでしょうね、讃岐うどんは?

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(どこまでも「ふつうの住宅」にしか見えないけど実はうどん屋。玄関を開けて思わず「ごめんください」・・・。こんな店ではだいたいとんでもなく大きな声の元気なお母さんと小声の実におとなしいお父さんが出迎えてくれます。雨の中訪れた丸亀市の「うどん富永」はそんな店のひとつ。快晴の写真は店のHPから拝借)
posted by kathy at 12:41| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

四国めぐり@「春うらら、あったか旅のはずが・・・」

寒い季節の旅は南国に限ります。

1年前の3月は九州の旅、去年の暮れは沖縄、今年に入って伊豆、館山へ小旅行。

そして今回は春の四国を約700キロ走り、夕べ帰ってきました。

春の陽光きらめく黒潮の海原、花咲き乱れる土佐街道・・・。

のはずでした。


が、旅程中一度も陽を拝めず、2泊3日雨ばかり。
気温も連日10度以下。

カミさん、娘との3人旅。
天下の晴れ男kathyを超える雨降りパワーを持ったヤツは誰れぞ?


しかし、物事は考えよう。

年間平均120日、つまり3日に1度は雨が降る日本。
だから、「晴れ」の日ばかり回ってもその土地を知ることはできない。

強いコントラストのピーカン光景もいいが、しっとりと落ち着いた「水墨画」の世界も悪くない。

と考えれば雨中の旅も結構楽しめます。

しばし、四国レポートにお付き合いください。

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(平家の落人が隠れ住んでいた祖谷渓=いやけい。えっちらほっちら登ってきたクルマを路肩に止め、ふり返るとこんな光景が。数10〜100mの高低差の深いV字谷が続く隔絶された世界です。青空の下よりも眼の高さに雲がある方が深山幽谷らしいと思うのですが・・・)
posted by kathy at 11:55| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする