2008年09月26日

函館会議E 「坂の町」

函館は坂の町。

函館山と内陸を結ぶ細長い回廊部分は昔は海でした。
天然の良港は函館山のふもと。

港から函館山のてっぺんに向かって、昔の町が拓けています。

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(リュックにウエストポーチ、これがひとり旅の正装。頭で隠れていますが、リュックにはウクレレを差し込んでいます。うしろはかつて青森と函館を結んだ青函連絡船の1隻「摩周丸」。係留され、記念保存されています。学生時代、夏冬の休みに帰省するとき、よく乗りましたね、涙の連絡線)

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(足を滑らすと海まで転がっていっちゃうよ、40年前の娘さんたち!それにしてもよく笑い転げていました。当時のまんまです)

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(写真はカトリック元町教会。そのほかギリシャ正教、ロシア正教、プロテスタント、東西の本願寺…この町にはいろいろな教会、寺社があります。いずれも歴史モノ)

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(少し足を延ばすとトラピスチヌ女子修道院が。もっと遠い当別には男子のトラピスト修道院があります)

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(夜は主だった建物はライトアップされます。函館山から見える100万ドルの夜景の正体です。煌々と輝く赤い市庁舎を指してタクシーの運ちゃんが「ライトがついているからと言って中で残業をしているわけじゃないよ」だって。フ〜ン。「光を観る=観光」を地で行く函館でした)
posted by kathy at 09:37| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

函館会議D 「朝一、朝市に行ってみると…」

函館と言えば朝市。

早く目覚めた朝、ひとり歩いてみました。

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(朝6時20分。朝市と言いながらも、この時間に歩く人の姿はまばら。昼ころ、仲間と行った時はまともに歩けないほどの人出でした。ま、朝市界隈をぶらついている人間のほとんどは我々のような観光客ということです)

「お兄さんッ、カニはもう送ったかい?」

「社長ッ、たらこ3本買ってくたら1本おまけにつけるよ!」

「おじさん」とか「おじいさん」とかは決して言わないんだね、彼らは。

その声を「喧騒」と感じるかどうかは別として、とにかく歩くのは愉快です。

ところが、立ち話につきあった売り子のひとりがこんなことを…。
内部告発ばやりですが、なんでこんな話を。

「カニは重さで売る。計ってお金をその場でもらうんだけど、箱に入れて実際に送る品は別の軽いヤツ、てなことをする店があるから注意しな。また、最初高い送料のことを言わないで、支払う段で客がビックリ何てこともあるよ」

その売り子は「うちはやってないよ、そんなこと」と言いますが…。
結局、自分のところで買わせたいためのセールストークのひとつ?
ホントに信用していいのですかね、おたくの店。

翌々日、地元出身の仲間M君があるスーパーにみんなを案内してくれました。
朝市で売っていた同じメロンが、そこでは3分の1のお値段でした。

その足で、M君は魚屋へ我々を案内(藤原水産)。

朝市と違って、安心して買い物ができます。
宗八ガレイ、銀ダラ、キンキ、昆布などを地元の人が買う「ふつうの価格」で買い、茨城へクール宅急便で送ってもらいました。

M君いわく「地元の人は朝市では買いません」。
そういうこと、なんですね。

ま、観光客にとって朝市は魚や乾物の売り買いをいろいろな形で体験できるイベント会場と思えば、楽しい場所。とやかくいうことではありません。

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(「朝採りイカのセリが遅れていて、こちらに届くのは7時過ぎになります。活きイカならありますが…」と朝食のために飛び込んだ店のオヤジが言います。生け簀で泳いでいたイカを刺身にしてもらい、ご飯、味噌汁、漬物で朝ごはん。ネオンのように光を波たたせながらまだ動いている足は、このあと焼いてもらいました。新鮮なワタは歯ごたえがあり、ヌルッとしていません。コイツはうまい!)

12asaichi.JPG(昼前に集合した仲間のひとり、C子さんが市場内の生け簀でイカ釣りに挑戦。釣るというよりは、引っ掛けて見事ゲット)

13asaichi.JPG(身をさばいてもらっている間、足は立ったまま。そして、5人の胃袋へ。… 合掌)
posted by kathy at 11:38| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

函館会議C 「まだ間に合う鳳来軒の塩ラーメン」

「函館会議」メンバーのひとり、M君は函館出身。
息子は首都圏で仕事をしていますが、母親はひとりで函館に住んでいます。

港を見下ろす高台に洋館が建ち並ぶ元町…。
そこから、さらに上がったところにM君の実家がありました。

いやぁ驚きました。
お母さんはまもなく米寿だというのにバリバリの現役ドライバー。

冬は路面凍結でタクシードライバーも怖れる坂道を平気で走り回るとか。
その辺の週末ドライバーより運転テクニックは上でしょう、たぶん。


しっかりと伸びた背筋、張りのある声、イキイキとした表情…。
私が知る70歳前後の人よりもずっと若く見えます。

町内、教会、学校などの世話人をずっと続け、「私は人と話すのが大好きなんです」と言ってはばからない社交的で明るい人柄。

どうやら、この女性の元気の秘訣は「外へ出る」ことにあるようです。
人間、引き込んでいてはダメですね、やはり。

01hourai.JPGその「まもなく米寿」さんが1枚の新聞の切抜きを見せてくれました。

「戦後まもなく創業したこのラーメン屋は現在73歳の店主が2代目。不自由な足をかばいながら35年間続けてきたが、27日に店を閉じる」と記事にありました。

「楽しい好きな仕事だけど、年には勝てません」と店主。

M君のおばあちゃんいわく「ここの塩ラーメンは昔風のなつかしい味。おいしいよ」。

M君は小学生のころ、つまり先代の時代からこのラーメンを食べていたそうな。

というわけで、メンバー全員で出かけましたよ、閉店間際の鳳来軒へ。

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(鶏がら主体の澄んだスープ。具は1枚のチャーシュー、メンマ、ネギといたってシンプル。子どものころ札幌で食べた「あのラーメン」です。やや高めの血圧を考慮してスープは飲み干しませんでしたが、正直ググイーとどんぶりを持ち上げたかった…。塩ラーメン500円)

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(12時前だというのに、店内はもういっぱい。外には閉店を惜しむ客が並んでいました)

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(妻と嫁にあれこれ指示しつつ、足を引きずりながら最後の頑張りを見せる店主)

今月27日が閉店。

ラーメン好きのあなた。今ならまだ間に合いますよ。
posted by kathy at 13:37| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

函館会議B 「湯の町」

函館と言えば、夜景の町、坂の町、湯の町、港町、イカの町、洋館の町、塩ラーメンの町、そして北海道の玄関…など、いろいろな形容詞がいくつかすぐ思い浮かびます。

こんなにも「多彩」な町は日本全国、数えるほどでしょう。

例えば「湯の町」。

市内に豊富な湯量を誇る「湯の川温泉」を抱えます。

泉温64.5度。少ししょっぱい無色透明のきれいなお湯です。

松山(愛媛県)には市内電車で行ける大きな道後温泉がありますが、函館・湯の川温泉は
マンションかと思えばお隣がホテルであったり、ホテルかと思ったらそれ自体マンションであったり…。

つまり、住宅街と温泉旅館、ホテルが渾然一体。
「温泉は山裾(すそ)にあり」、との先入観を持っていると裏切られる町、それが湯の川なのです。

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(ホテル「渚亭」の露天風呂は海の水を引き入れたかのような一体感が。写真からは外れていますが、丸みを帯びた水平線の左方にまさかり(下北)半島、右方に津軽半島が肉眼で見えます。朝風呂の後ろの砂浜では無数のカモメが朝食中?  警察ザタになる箇所は一応カットしましたが、それにしてもオソマツなヌード。さぞかしご不興を買ったのでは。ヒラにお許しを、ペコリ)
posted by kathy at 17:41| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

函館会議A 「四十年一日の如し…」

1年前、学生時代の友人たちと約40年ぶりに川越(埼玉県)で再会しました。

(関連記事)

  40年ぶりの再会 @「自分を変えてくれた仲間たち」
  40年ぶりの再会 A「そこそこ元気に」がうれしい
  40年ぶりの再会 B「小江戸、川越を歩く」
  40年ぶりの再会 C「30台の華麗な山車を曳き回す…川越まつり」

そのとき「また会いたいね」で別れた我々は、今度は函館に集まりました。

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湯の川温泉2泊の「函館会議」。
全員60歳を超えましたが、目を閉じて聞くとみんなの声の弾みは学生時代そのまま。

メンバーのひとりがこんな歌を披露してくれました。

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posted by kathy at 09:25| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

函館会議@ 「♪月がとっても赤いから…♪」

就職試験で東京に出かけた福岡のひなたさんの息子クンが、ANAのシステム障害で大変な目にあったのが9月14日(関連記事こちら)。

kathyの旅立ちもまた、そのあおりを受けて3時間遅れでした。

そう。

向かったのは北の国。

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(ことしの中秋の名月は9月14日。その翌々日に旅先でお目にかかった赤い月は、100万ドルの夜景の脇を懐中電灯のように照らしていました)

posted by kathy at 20:40| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

HAWAII-5 「アロ〜ハ!スピリット」

ハワイ最大の「宝もの」はALOHAスピリット。

もともと文字を持たなかった先住民たちは、その少ない言葉の中に、自分たちのさまざまな想いや願いを込めたようです。

例えば、飛行機を降りて笑顔の地上係員から、そして入国審査官の口から最初に聞かされるハワイ語「アロハ」…。

その意味するところは「愛・信用・誇り・叡知・歓迎・こんにちは・さようなら・ありがとう・I LOVE YOU …」と実に広い。

後に宣教師たちがアルファベットをもたらしますが、ALOHAのスペルでつながれた言葉をWikipediaから引用すると…。

  • A − Akahai(上品さ、優しさ)
  • L − Lokahi(調和)
  • O − Olu'olu(思いやり)
  • H − Ha'aha'a(謙虚さ)
  • A − Ahonui(忍耐)
または
  • Alo − 一緒にいる
  • Oha − 幸福
  • A − 生命


景観、気候のよさとともに、この独特のALOHAスピリッツが、世界の人々をハワイにひきつけているのでしょう。


ある朝、ホテルのベランダでウクレレを弾きながら向かいのビルの屋上の駐車場にふと目をやると、ひとりの男性が止めた車から出てきました。サングラスをかけていたので目が合ったかどうかはわかりません。

何となく手を振ると、男性も軽く右手を上げました。
そう。
慣れた手つきで「アロハサイン」です!

私も上げた手の平を閉じ、あらためて親指と小指を立ててアロハサインに。

駐車場とは声が届かない距離でしたが、お互い「おはよう!今日もいい日だといいね」と心を通わせていたのでした。

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(アロハの指サイン。第2次大戦に勝ったチャーチルが始めたとされるVサインはヴィクトリーサイン。カメラに向かって「イェ〜イ、ピースピース」 と我々もやりますが、決して平和のサインじゃないんですね、Vサインは。これからは気持ちのこもった愛と平和の指サイン、アロハサインで行きますか)


全世界63億人の共有語にしたい言葉。

「アロ〜ハ!」

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この海の向こうには貧困、飢餓、差別、抑圧、戦争が…。

アロ〜ハ!な世界を人間は作ることができるのかなぁ…。


HAWAII報告は今回で終わります。

posted by kathy at 11:33| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

HAWAII-4 「すべてよし、だけど食だけは…」

アメリカで公認会計士をしている娘の友人がこんなことを言っていたそうです。

「食にこだわるイタリア人とフランス人がもっと来るようになれば、ハワイの料理はずっとおいしくなるんだけど…」

たった1週間の滞在で評価するのは無礼、であると承知で申すならば…。
ハワイのレストラン料理の多くはとてもおいしいと言えるものではありませんでした。

写真ではその味、雰囲気、サービスの良し悪しは伝えられませんが…。

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(今回は主にカリフォルニアの赤を飲みました。カミさんと娘はほんのひと口。残りはすべて…)

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(出てきたオニオンスープはどんぶりほどの器に山盛り…。たっぷりのチーズでふたをしています。カミさんはこれだけで、もうギブアップ)

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(どでかいチッキンはパサついて、のどをなかなか通りません。半分残しました)

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(ハワイ産のビール「FIRE ROCK PALE ALE」はなかなかいけます。味、ムードで人気の店「チーズファクトリー」は宿のまん前)

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(ベジの娘はメニューをめくって、すぐこんな料理を見つけます)

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(2杯目のビールは同じくハワイ産の「LONGBOARD LAGAER」。こちらもおいしい)

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(欧米料理に飽きたら、街角でよく見かけるベトナム料理屋に飛び込み「ベトナム麺」。別皿に盛られらたっぷりのモヤシをトッピングして食べます。メン食いkathyもホッ)

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(ワイキキのどまんなかの中華料理レストラン「SEAFOOD VILLAGE(南海漁村)」はおススメできません。料理が雑でサービスも最低。一見の客、つまり観光客だけを狙ってフリーペーパーに広告を派手に載せています。おいしい料理の開発や従業員教育の徹底など地道な努力を傾ければ、地元の固定客もつくのでしょうが…)

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(広告持参者にマンゴーのデザートをサービスと書いてあったのですが、出てきたのは杏仁豆腐。おまけにこのどでかいスプーン。これでは食指が伸びません)

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(海を見ながら食べられるアラモアナセンターの中のイタリアン「MARI POSA」は雰囲気、料理、サービスとも「おいしい」店です)

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(ご飯が食べたくなった日は宿の裏の「SHOKUDO(食堂)」という名前のレストランで「石焼ビビンバ」)

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(某日の朝食はベランダでフルーツ&コーヒー。小鳥がリンゴをかじりにきました。きょうも気持のいい朝です)
posted by kathy at 12:50| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

HAWAII-3 「タダ食いから時には少々贅沢に…生演奏を楽しむ」

娘が気を利かせ、ホノルルではワイキキとアラモアナのホテル2軒をハシゴしました。

3泊したオハナ・ワイキキ・ビーチコマー・ホテルはカラカウア通りに面したワイキキのど真ん中。どこへ行くにもすこぶる便利です。

ここを拠点にウクレレショップ3軒を回り、気に入った1台をゲットしました。

そのあと2泊したアラモアナ・ホテルはアラモアナショッピングセンターのすぐ隣。アラモアナビーチやワードセンターもすぐ近く。

ウクレレ購入を除けば、ショッピングにはさしたる興味はなかったので、このホテル2軒のハシゴは、足でホノルル市内を歩き回るにはとても助かりました。

たとえば、市内のあちこちで行われるハワイアンバンドの演奏やフラの踊りを見に行くのも楽しみにしていましたが、それもいくつか実現しました。

もちろん、大枚のお金を払えば毎晩、豪華なディナーショーへも通えますが、財布はウンと言ってくれません。

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(レストランの庭先でおこなわれていたライブをしばし立ち止まって…。演奏3人、フラ1人ですが、これがまた実にうまい!)

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(入園料2ドル=約220円のホノルル動物園の野外ステージで。後で市内のCDショップで確認すると、男性3人のバンドHOLUNAPEのCDは結構売れているようです)

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(泊まったワイキキのホテルのすぐ隣にあるインターナショナル・マーケット・プレイスでは、夜毎こんなショーが…。もちろん、タダ)

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(アラモアナホテル1階にある「サウス シーズ ビレッジ アット ハワイアン ハット」のディナーショー。最前列でビュッフェ形式の食事をとりながら、ポリネシアン、タヒチアン&ハワイアンショーを楽しみました。踊り子たちの息づかいまで聞こえます。これが今回の旅の一番の贅沢夕食でした)
posted by kathy at 12:28| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

HAWAII-2 「ビーチの昼、夜…」

ハワイと言えば白砂のビーチ。

オアフ島にもいろいろな砂浜があるようですが、今回はホノルル周辺のビーチめぐり。

お昼、夕べ、夜…、いろいろな表情を見せます。

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(ワイキキの浜辺からカイマナヒラ=ダイヤモンドヘッド方向を望む。絵葉書になりやすい角度です)

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(滞在中、浜辺で、ホテルで、路上で3組の新婚さんを見かけました。ギターを抱えた男性ふたりが見えます。ハワイアンウェディングソングを歌っているんでしょうか)

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(もう少し早ければ、見事なサンセットが拝めたのだろうな…。あ〜ぁ、終わっちゃった)

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(夜の浜辺で金属探知機で砂を嗅ぎ回る女性を発見。危険物を除去するお役所の仕事?と思ったのですが、娘いわく「彼女が探しているのはコイン」。右手で探知しては左手の特製のふるいで砂を落とし、残ったコインをすばやく大口のウエストポーチにポイ!短時間の間に、ずいぶんと拾っていました。空き缶、タバコの吸殻、ペットボトルなどのいわゆるゴミほとんど見当たらないのですが、浜で着替える人が多いせいか、コインは結構落ちているようです。半年くらいこの割のいい「仕事」をすれば、帰りの飛行機代くらいは出るかなぁ)

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(ホノルルの浜通り、カラカウア通り。思えば30年前はこんなにぎやかな通りではなかったなぁ…)

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(ストリートミュージシャン、パントマイム芸人、マジシャン、ドラマー、絵描き…。私も買ったばかりのウクレレで弾き語りをやってみようかと思いましたね、目の前に帽子をさかさまに置いて…。もちろんカミさんと娘に止められましたが)

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(ワイキキの浜辺より地元の人が行くアラモアナビーチの方がオススメ。人も少なく、波もおだやかで、水もきれいです)

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(ワイキキからバスで40〜50分のハナウマ湾。噴火口に海水が入ってできた馬蹄型のビーチ。ホントに美しい景観です)

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(「サンゴ礁は生き物です!」…ハナウマ湾へはサンゴ礁、熱帯魚、小鳥たちを守るための自然保護講習を受けないと入ることができません。確かに浜から少し泳ぐと見たこともない魚が目の前を…。え?カナヅチのkathyが泳いだのかって? ハイ、プールでは13メートルしか泳げないkathyですが、シュノーケルと足ヒレをつければ、「そこそこ」浮かんでいられました。海はカナヅチの友ですね。ま、波のせいでしょっぱい海水をたっぷりとご馳走になりましたが…)
posted by kathy at 21:22| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

避暑地、HAWAII!

ずいぶん昔、アメリカ本土からの出張帰りに、1月、2月の冬に何度か訪れたことがあるハワイ。

初めて真夏に行ってみました。

そこはなんと夏の軽井沢や那須よりも快適な「避暑地」でした。

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(晴れ男の面目躍如。滞在中はいつもこんな天気。おnewの黒のコンデジの写りもまずまずです)

日差しはどこまでも強く、露出部分の肌は見る見る焼けて赤くなりますが、気温は32度どまり。

カラッとした空気、いつも吹いているそよ風。
どこまでも心地よい時間が流れます。

朝めしを食べるだけでも、団扇を扇ぐだけでも汗が吹き出す日本の夏とは大違いです。

ポケットのハンケチで汗を拭くこともほとんどありません。

「このうだるような真夏に、もっと暑いハワイへ行くなんて…」と最初尻込みしていたカミさんも、帰る頃には「今度は1か月くらい来ようか」とのたまう始末。

そしてレストラン、スーパー、街角…、どこへ行っても流れている大好きなハワイアンミュージック。

昔、背広姿で寄り道した冬のハワイはそれほど快適とは思わなかったのですが、今回、短パン、Tシャツ、ビーチサンダルで訪れた夏のハワイはサイコーでした。

食べ物を除けば…。

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(6月末から雑用でハワイ島に渡っていた娘とオアフ島で合流です。昼間から赤ら顔でスミマセン)
posted by kathy at 09:44| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

母の「思い出し帳」から(2)…オイッチニー〜

私は昭和20年(1945年)4月、満州(今の中国東北部)撫順市で生まれました。

父は満鉄の技術系社員。
生母は5番目の私を産んで1年後の21年夏、満州で病死しました(享年35歳)。

敗戦の混乱の中、父は知人の助けを借りながら、5人の子をふた手に分けて日本に連れ帰ります。

落ち着いた先は北海道北見市の父の実家。

妻に先立たれた5人の子持ちの父の元へ、翌22年夏、後妻に入ったのが今の母です。34歳で初婚でした。

私はそのとき2歳。
栄養失調でまだ歩けなかったそうです。


母が語った言葉から…

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05kendama.JPGkathyはエ〜エ〜とよく泣いたよ。鼻をたらして…。

自分の育て方が悪いのかと最初思った。

けど、産んだお母さんが死んでさびしがっていたんだね。

それがわかってから、かわいそうになり、おまえがかわいいと思うようになったんだよ。

両手を持って、

オイッチニー オイッチニーと歌を歌いながら引いてやると、

ニコニコ笑って母さんの方によたよた歩いてくる。

まもなく、手を離しても歩けるようになったんだよ。     

 (剣玉だって、ホラ。あれれ、落っこちちゃった)


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13回忌を終えて帰った翌日、青森の友人からうれしい贈り物が。
青森産の新ニンニク、無臭ニンニク、三色豆です。

千葉沖で獲れたカツオをたたきにして早速ニンニクをすってぽん酢で。

匂い、豊かな水分、キメの細かさ…、やはりぜんぜん違いますね、青森産は。

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旬の魚に旬の薬味…、サイコーです。

青森の友だちに深謝!


posted by kathy at 14:39| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

母の「思い出し帳」から (1) …中心線

13回忌のための帰省。
95歳の母から聞き書きしたものの中から…。


人間、

こっちにぶれても

あっちにぶれてもいけないよ。

中心をちゃんと持っていなさい。

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(ひだまりで綾とり)

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5日間の滞在中、1日だけ、ひとりで小樽を散策しました。

札幌の中学生だった頃、小樽に転校した近所の子を訪ねて、自転車で小樽まで往復したことがあります。

片道42キロ。
泣きたくなるような厳しいアップダウン国道でした。
だけど、友だちの家族がやさしく迎えてくれて、ニコッ。


電車で行くのは今回が初めて。
小樽駅から坂道を下ると「小樽運河」です。

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小腹が空いてきました。
寿司でもつまむとしますかね。
ネタが新鮮で、うまい北海道米を使っていれば、回転寿司だって上等。

ん?
この脂が乗った背黒イワシ、まぐろの大トロよりずっとうまいじゃん!

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せっかくここまで来たのなら、小樽ラーメンが食いたい!
少し歩いて、醤油ラーメンを。
旅をしていると「寿司&ラーメン」くらい平気、平気!

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posted by kathy at 15:14| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

城址公園で缶ビール

(memo)

15日(日)は仲間と土浦市でおこなわれたハワイアンフェスティバルへ。

この種のイベントに行くのは松戸、水戸に次いで今年3度目。
去年はまったく行きませんでしたが、意外と近場の町でもハワイアンの集いがおこなわれているんですね。新たな発見です。

早く着き過ぎて、会場(亀城プラザ)のお向かいの亀城公園でのんびりと小1時間、時間つぶし。
木陰のベンチに座って、片手に缶ビール…。至福のひと時です。

この公園は土浦城(別名・亀城、きじょう)の城址。

土浦城は幾重にもめぐらした堀を固めとする水城で本丸、二の丸、三の丸、外丸に武家屋敷、町屋を含む総構えの規模だったとのこと。江戸末期の土屋氏のころに9万5千石。

復元された東西の櫓、鯉が遊ぶ濠、形のよい老松がその昔、ここが城であったことを教えてくれます。なんとも居心地がよい空間にハトが群れ、お弁当を持った親子連れがゆったりと時を過ごしていました。

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(ハワイアンフェスティバルには2バンド、2フラサークルが出演。
我々を、2時間半にわたってアロハな世界にいざなってくれました)


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数日、お休みです。

posted by kathy at 17:55| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

自動車教習所の教官に共感!

「自分で出歩けるようになりたい…」と言い出したカミさん、クルマを運転して東京横断に初挑戦です。

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仲間とあっちへフラフラ、時にはひとりでこっちへフラフラとせわしく動き回る亭主にいつまでもぶら下がってばかりはいられない…、というわけです。

退職したカミさんが家にこもらずに義母を連れ歩いたり、たまにはひとり旅をすることにはkathyも大賛成。全面協力です。

これまで高速道路といえば水戸方面行きだけのカミさん、西、つまり東京方面に向かうのは初めて。

きのうは「常磐自動車道⇒首都高速道路⇒東名高速道を走ってみたい」というカミさんの教官役でkathyは助手席です。

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(いつも行くのは左、今日は初めて右へ)

走ってまもなくの常磐道・三郷JCでは、
カミさん「え〜!外環の方に行くんじゃないのッ?」、
kathy「首都高ならこのまままっすぐ〜ッ!」
大声で叫びあいます。

前々夜から地図やネットでコースを「下見」していたはずのカミさんですが、実際の道路を走るとそれらの予習知識は飛んでしまい、心臓バクバク、腕を突っ張って運転です。

首都高に入ると2車線に狭くなり、両脇をコンクリート塀で遮られて圧迫感が。
特にトンネルの中は怖さ倍増。ますますガチガチ運転です。

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(「え〜ッ、ここで車線を変えるの〜ッ!」) 

「首都高は60キロでいいんだよ」
「首都高も高速道路だから80キロ以上出さないといけないかと思っていた」
「狭い上、急なカーブが多い首都高は時速80キロ以上も出すとコントロールできない場所が多いんだ」
「ホッ」

いくつかの難所を乗り越え、ようやく渋谷線。
そこからは東名高速道含めて一本道です。

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御殿場を過ぎると、まだまだ冬衣装の富士山が我々を迎えてくれました。ナビを見るゆとりがないカミさんはもちろん富士も視界の外)

沼津魚市場で寿司をつまみ、帰りは東名をkathy、首都高をカミさんが運転して何とか帰着です。

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(沼津魚市場内の寿司屋で地魚の握りを。うまい! 生ワカメの味噌汁、香の物つきの上寿司は15分で胃袋へと姿を消しました。1人前1,575円)

いやはや、カミさんも疲れましたが、kathy教官もホトホト…。
posted by kathy at 11:35| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

地震たっぷり、大洗の夜

大洗の宿はカミさん御用達の「鴎松亭」。義母を連れてしょっちゅう行っています。私も3度目。

部屋はもちろん、天然温泉風呂、廊下にいたるまで実に清潔。
うれしいのは全室のオーシャンビュー窓が磨き抜かれていることです。
曇りひとつない窓から太平洋が一望できます。

しっかり教育されたスタッフはいい距離感を保ってべたべたしません。
市町村・都市職員共済組合の宿の中で「5年連続、宿泊利用率全国1位」を保っているだけのことがあります(職員以外の宿泊もOK)。

こういう宿に泊まると入浴客の行儀もよくなるのでしょうか。
みんな体を洗い終わると風呂桶を逆さにして腰掛の上へ。
次の利用者のことを思いやるゆとりが生まれるようです。

評判なのが1階の個室で食べる夕食システム。
うち(ルーム)を出て、外のこぎれいな店で食べるような気になるから不思議。
(個室システムについては前回の記事をご参照ください)

頼んでおいた料理は最もボリュームが少なめの「竹膳」。

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先付  釜揚げほたるイカ、合鴨ロースのソース煮
お造り 生まぐろ、鯛、甘海老
焼き物 金目鯛の西京焼き、ばい貝のガーリック焼き(写真上
揚げ物 竹の子揚げ田楽、キス、たらの芽
焚合せ 蛸やわらか煮、里芋、ぜんまい信田巻き
酢の物 鰹のたたき
ご飯  茨城こしひかり
香の物
椀物  白魚かき玉椀、菜の花
水菓子 杏仁豆腐、若桃


深夜1時45分の大きな地震とその後続いた余震でまんじりともしなかった夜でしたが、太平洋に浮かび始めた日の出をビューウィンドウ越しに眺めてからようやくウトウト状態に。

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(水平線には霞か雲が重なり、太陽が見え始めたのはやや上に昇ってから。5月8日4時40分頃)

翌日の午前は大洗水族館で見学の小学生たちと一緒に嬌声をあげたあとは、那珂湊の魚市場をぶらつき、小腹に寿司を。
新鮮な魚とうまい米がそろえば軽〜く10個はいけます。

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(女性ダイバーがハンディーカメラで魚を映しながら、「は〜い、これがまぐろです」)

夜通しの地震の洗礼を受けた大洗からの帰路は、居眠り運転に注意。
眠らせまいとしてか、助手席のカミさんはドライバーに一生懸命話しかけてくるのでした。

地震たっぷり
眠たし、眠たし…ZZzzzz。
posted by kathy at 11:07| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

GW明けのスイスイ、ガラガラ小旅行…奥久慈

子どもたちが小さかった頃のゴールデンウィークといえば、クルマで1泊2日の家族旅行が定番でした。

行きも帰りも行楽地も宿も人、人、人…。
企画・実行・運転・アテンド・支払い…、すべてを担当する父親の疲れは大変なものでした。

とうに子どもたちが巣立ち、この春に定年退職したカミさんと歩く小旅行は、当然、GWを避けて平日敢行(観光?)。義母はデイ・サービスでお世話になっている施設にショートステイ(1泊)です。

GW明けの7日、新緑を求めて茨城県北・奥久慈に向かいました。

雲ひとつない五月晴れ。プリウスのセンサーが示す外気温は28度。初夏の温度ですが、湿気がないので意外なほどさわやかです。

高速道路も久慈川沿いを走る国道もスキスキ、ガラガラ、スイスイ、ホイホイです。

お昼はカミさんのリクエストで大子町の「ゆばの里」へ。

「ゆばの里 弁当」(1,890円)を注文。食前酒代わりの豆乳と小桶に入れた豆腐を運んできた女性が「よろしかったら、豆腐はお代わりをどうぞ。塩か醤油でお召し上がりください」。

まずは醤油で…「うまい!」。次いで塩で…「これもいける!」。出来立ての暖かい豆腐はまるで湯豆腐。

地元の豆腐屋さんが、ゆばを売り出したところ好評なので、8年前にその場で食べられる店を開いたとか。健康食ブームを先取りして、今では那珂市にも豆腐料亭「静香庵」をオープンさせているそうです。

豆腐作りの腕前だけでは商売は成功しませんが、ゆばの里の経営者はなかなかのアイディアマンのようです。

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(ゆばとコンニャクの刺身、ゆば、ぜんまい、茄子、コンニャクの天ぷら、巻きゆば、高野豆腐、ニンジン、竹の子、キヌサヤの煮物、胡麻豆腐、ゆばのキンピラ、漬物、茶碗蒸し、ゆば入り竹の子ご飯、お吸物、豆乳チーズケーキ)

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(このおいしい豆腐がお代わり自由と言われ、2桶をペロリ。醤油、塩で食べたので、あとから水が飲みたいこと!)

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(日本三大名瀑のひとつ、袋田の滝。滝と新緑で生まれる大量のマイナスイオンは何よりのご馳走です) 

さ、袋田の滝も見物したことだし、ゆっくりと大洗の宿に向かうか。
posted by kathy at 14:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

新緑から残雪まで…草津温泉格安ツアー

月、火曜日と小旅行を。

ひとり旅ではなく、三味線・民謡仲間あわせて17人でのバス旅行です。


草津温泉の標高は1200メートル。
新緑の季節に入り始めた茨城南部を出て、外環、関越道経由群馬県へ。

どんどん標高が上がるに従い、季節をさかのぼります。

新緑→葉桜→桜満開→梅が満開→針葉樹の緑だけの世界→残雪の世界。
帰りはその逆をもう一度。

これほどいろいろな季節を感じられる旅なんて初めての体験でした。

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里には満開の桜が。

到着した草津のホテルから見ると、針葉樹の向こうには残雪。

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「無料の饅頭食べて行きなヨ。あっちのは中国産。うちのは国産だよ〜」

湯畑の湯量は毎分4600リットル(ドラム缶23本分)。60度のお湯が絶えることなく湧出し続けています。

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みんな、笑顔、笑顔、笑顔。
kathyカメラマンの「くすぐり」が効いたのですかね。
「1たす1は3〜!」

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今回は掛流しのお風呂に3回、足湯に2回、都合5回温泉のお世話に。
「足首の痛いイタ〜イ、飛んでけ〜」

湯もみに参加したら、修了証と記念タオルをもらいました。

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湯畑のそばの光泉寺の参道には雪が残っていました。
気休めで引いた100円おみくじ…「大安。心を素直に持っていれば、運はさらによくなります。よく人に尽くすと、さらに」。ハイ、素直に、素直に。

たまたま見かけた湯の樋の掃除はなかなかの迫力。
落ちたら、アッチアッチッチなんてもんじゃないでしょうに。

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西の河原の奥には大露天風呂が。

夕食の食器は、たたけば「文明開化」ならぬ「文明の利器」(プラスチック)という音がします。


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「もてなしって?」


今回のツアーは信じられないようなお値段でした。

バスで送り迎えしてくれ、夕食、朝食付きの1泊、天然掛流し温泉を堪能してなんと6,400円!

経営している「おおるりグループ」は
傾いたホテル、旅館を買いたたいて手に入れ、「温泉自慢格安の宿」をキャッチフレーズに130台のバスで関東一円から客を集めて、平日からほぼ全館満室状態。

グループ傘下の宿は鬼怒川、塩原、草津、奥日光、熱川、那須などに20近く。

バス会社を擁し、走るルート沿いのドライブインを買い取って、送迎バスが必ず休憩に立ち寄る。だから、お向かいの「道の駅」よりいつも客が多い。そこでそば、うどん、弁当、自家製饅頭を売ってさらに稼ぐ。

朝7時に我々を乗せて運んだバスは温泉に11時到着。同じ運転手は前夜から泊まってロビーで待っていた団体を乗せて11時半に松戸に向けてトンボ帰りしていきました。

朝のチェックアウトは9時半。10時から「無料」の人情時代劇・歌舞踊ショー。途中の休憩タイムにお弁当、お酒などの売り子が客席を回ります(私は見ずに湯もみに行きましたが…)。

コストは徹底して抑え、1度つかまえたお客には宿代以外に何がしかのお金を行き帰りに落とさせるわけです。

いやはや、これはもう高齢化社会をにらんだ新しい形態のサービス業です。

料理はおいしかったか、サービスはよかったか、ですって?
ま、そんな野暮なことは聞きなさんな。

プラスチックの器に入った冷めた料理は「ご馳走」とはとても言えません。
が、しかし、草津の湯、おいしい空気はホンモノ。

迎えが来て泊めてくれて、掛流し温泉をご馳走になり、2度のメシ付きで帰りも送ってくれて6,400円。これを高いとは言えんでしょう、いくらケチなkathyでも。

仲間の声は「ま、こんなもんでしょう」がほとんどでした。つまり、コストとパフォーマンスのバランスは悪くないというのが大方の客の評価なのでしょう。


「一流のもてなし」…。
この言葉、おおるりグループの心得帳にはハナから書いてありません、たぶん。

「文句があるなら、ヨソの高い宿にお泊りを」の声が聞こえてきませんか。
posted by kathy at 12:09| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月29日

春まっ盛りの南房総・館山

いやぁ〜、春でした。

きのう、おとといとウクレレクラブの9人で春の1泊旅行。
花とサカナの南房総・館山です。

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(泊まった宿「雪月花」の女将はハワイアン好き。座敷の舞台には椰子の浜辺の大きな写真が…。さらに、女将はたぶん「面白い連中がいるからいらっしゃいよ」とか何とか言ったのでしょう。地元のハワイアンバンドのメンバーまで呼び寄せ、みんなで歌ったり踊ったり)   

「雪月花」の女将は自分のブログで我々のことを紹介してくれました。(女将のブログは
こちら


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(料理は色で食べろ、とか。雪月花の夕食の色彩が豊かなのはバランスが取れている証拠でしょう。赤米ともち米と普通米をブレンドした柔らかめのご飯も実にうまい。いわゆる観光旅館の「これでもか」料理とは違って、量的にも質的にもとても安心のできる夕食でした)

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(風が収まった2日目の朝の富士。東京湾の向こうに霞みながらも何とか姿を見せてくれました。180ミリ望遠使用。撮影:7時5分)


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(翌朝の食卓にはごらんの菜の花や地元で干したアジが…。二日酔いでしたが、2杯のご飯が難なくおさまりました。気持のいい朝の散歩が食欲を促してくれたようです)

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(こちらはハウスの中ですが、外の花畑にも露地モノの花がたくさん咲いていました。「500円で10本までの花摘み」も体験。帰りの車の中は摘んだ花の香りで眠気が…Zzzz)

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鋸(のこぎり)山の頂上から浦賀水道を挟んで神奈川県・三浦半島方面を望む。

イージス艦が漁船に体当たりしたのは、ずっと左手の枠外。

ワイドレンズの写真では幅広く写っていますが、肉眼で見るとずいぶんと狭い水路です。

こんな銀座通りの操船を「自動モードでラクしよう」なんて考えていたとしたら、実にたるんでいますね。
posted by kathy at 16:08| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

真壁のひなまつり

「kathyさん、真壁のひなまつり、おもしろいよ。行ってみたら…」
テニス仲間Tさんからの情報です。

北風が冷たいきのう、カミさんと出かけました。

商店、民家、造り酒屋、石屋など169軒が店先、玄関先に代々伝わる雛人形を飾って、この期間だけオープンハウスです。

会期(2月4日〜3月3日)の1か月間に数十万人の観光客を集める真壁のひなまつりのことを、同じ茨城県民である私は知りませんでした。

  *真壁の雛まつりののホームページはこちら)。


ざっと、アルバム風に…。

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(農家風の家に飛び込んでみたら、玄関先に立派な五段飾りの雛人形が。階段には娘さんが子どもの頃に着たべべが吊るされています。昔の写真も置かれ、年配のこの家の主が「娘の写真です」と説明してくれました。とうに、どこかへ嫁いでいった娘だそうです)

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(町中に入るとご覧の人出。169軒を示したマップだけを手がかりにあっちを覗き、こっちに入り…。順路なんて野暮なものはありません。気になったら軒をくぐるだけです)

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(顔つき、衣装は時代と作者が投影されているのでしょう。寒さ疲れを何か温かいもので、と入った店の座敷に飾られていたお雛様。「元はこちらは何のご商売だったのですか?」と聞くと、「今は小間物屋ですが、150年の間に旅籠をやったり、いろいろだったようです」と女主人。裏に回ると立派な蔵があります。温かいけんちんすいとんをご馳走になりました)

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(こんな笑顔も)

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(そして、こんな怖い顔も。顔を見ているだけでも飽きません)

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(造り酒屋の庭先から琴の音が。こちらの奥さんが「♪あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花 五人ばやしの 笛太鼓 今日は楽しい ひな祭り ♪」と弾いていました。こういうところで聞く琴はほんとにいいものです)

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(この立ち雛は実の子に似せて作ったのでしょうか。妙になまめかしい人形でした。明治5年作)

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(お雛様とお内裏様は江戸時代の作。衣装の地味さは色が落ちたせいなのか、それとも元々からなのか…。ウズラの卵のようなま〜るい顔が当時の美男美女?)

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(真壁には400年前の町割がそのまま残っています。古い建物も数多く現存し、蔵もあっちこっちに。五人囃子が飾られたこの店のショーウィンドウに書かれた屋号「モロカワヤ」は右書きです)


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<真壁はどこだ〜!>


プリウスに乗り、さぁ、ナビで目的地設定を。

住所検索→茨城県→真壁町とやってみたら、真壁町が出てきません。
わが町と同様、こちらさんの名前も「平成の大合併」で抹殺されたな。

ケータイから104に電話。

kathy「真壁町って、今は何市になったのですか?」
104「何市にって言われても…」(ナニシニ電話してきたのさ、と言わんばかり)
kathy「何とか市の下に真壁って町名が入るところない?」
104「桜川市真壁なんとか、というところならありますが…」
kathy「ハイ、用が済みました。ありがとう」 ガチャン。

104のあたらしい使い方?

桜川市真壁…、ここまでわかればOK。電話番号はいりません。
賢いナビに助けられ、往復90キロの小さな旅はスイスイでした。
posted by kathy at 11:26| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

今日的中国漫行紀27「書き残し篇 by kathy」

今日の中国のゆっくりある記「今日的中国漫行紀」は、今回で終わりです。
8日間をずいぶんと引っぱりましたが、懲りずにご愛読いただいたみなさまには同情と心からの感謝を申し上げます。


ブログの効用・・・

ふだんの日常にあっても、旅などの日常にあっても、「書く(記録する)」ことがいつも頭のどこかにあるため、自分を「もう一人の自分」が見ている、つまり、kathy・Aをkathy・Bが取材していることがしばしばです。

今回の中国の旅では、それを強く感じました。

奇景、美景との遭遇、「右に行くか左に行くか」の判断を迫られたとき、言葉・文化・慣習・ルールの違いと勘違い、料理の食材・味つけの違い…、うろたえ、驚き続けるkathy・Aをkathy・Bが比較的冷静に取材しています。

そんなkathy・Bの取材ノートから、いくつかの書き残しを。


<元気なお年寄り>

公園に行くと中・高齢者が多いのにビックリです。太極拳、将棋、碁、トランプを楽しみ、夕方、買い物をして帰ります。

デイ・サービスで施設からお迎えが来る日本のお年寄りよりはずっと「自立」しているのかも。「生かされている」のではなく、自ら「生きて」います。

「世界一」の日本人の平均寿命って一体どんな意味があるのでしょうか。

<身分証社会>

ホテル、航空会社の予約に「予約番号」なんてありません。身分証か外国人だったらパスポート。欧米もそう。日本くらいですね、手ぶらで旅ができるのは。

<オイ、コラ警官>

パトカーが平気でウィンカー無しに車線変更! 時には屋根の警告燈をつけ、サイレンを鳴らして飛ばしていったり…。事故現場に向かう? いえいえ、前の車が邪魔なだけです。娘いわく「こちらのおまわりさん、模範運転をしようという意識はないみたい」。

<整列乗車>

来年のオリンピックに向けて北京市が取り組む交通機関の整列乗車。地下鉄で見る限り、ちゃんと並んでいます。勝手な行動をとるのは我々のようなおのぼり観光客?

<ひとりっ子政策>

1979年に「ひとりっ子政策」をとり始めてからほぼ30年。夫婦2人で1人の子を産むわけですから、このままだと国は滅びます。

子どもが少なく、中高齢者が多いゆがんだ人口ピラミッド、つまり「少子高齢化」現象は日本と同様、これからの中国の大問題になりそうです。

もうひとつ心配なのは…。
甘やかされて育った「ひとりっ子」は、わがままで自己中心的。
犯罪に走る子も多いと聞きました。


ひとりっ子政策は農民や少数民族には一部緩和されて適用されているようですが、「国全体が貧しかった時代」にスタートしたこの不可思議な大実験を「富み始めた国」の指導者たちはどう収めるつもりなのでしょうか。

<市場経済>

「黒いネコでも白いネコでもネズミをとるのはいいネコだ」…。
ケ小平が市場経済にゴーをかけ、改革・開放がいっきに進んだ中国。

いいモノを安く作るために自由に知恵を出せる民間企業が、仕事の「中身よりも時間」で経営・管理する国営企業を駆逐するのはいとも簡単です。


安い人件費で世界の工場となった中国はいまや外貨準備高世界一。
表面上は豊かになった国家。
そして、次々に生まれるビジネス成功者たち…。

一方で、都市住民と貧しい農村や少数民族との格差が広がっています。

桂林の自治区立少数民族博物館の学芸員Mさんの叫びです。
「学校が足りません。やむを得ず、博物館所蔵の展示品を切り売りすることにしました。160万円で子どもたちの学校がひとつ建てられますから」

大きな町では街角に物乞いの姿が目立ちました。西安では道路に寝そべる老婆、赤子を連れた母、ヨロヨロ歩く中年男…。

桂林の漓江下りでは冷たい水に浸かりながら乗客に「カネを投げろ!」と無心する子ども、大人、老人たち…。

この人たちを単に落ちこぼれ、怠け者で片付けていいのでしょうか。


巨額の金が必要なオリンピックを招致してまで国の威信と面子にこだわる一方、過疎地域の教育振興や大気、河川の汚染改善に回る金がない。

中華は世界の中心の意。
近世の一時期、外国に侵略されることはあったものの、有史4000年のほとんどを世界にさまざまなことを発信し続けてきた中華思想ですが…。


内部に多くの矛盾を抱える人口13億人の中国…、どでかい巨艦だけに小回りの利かないところがどうしても気になります。


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「よいお年を!」


例年通り、師走の30日に餅つきです。


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この電動餅つき機はたぶん30年選手。

つまみが取れて、ペンチでスイッチをオン・オフしなければなりませんが、よく働いてくれます。

と言ってもコイツの労働日は年1日。
だから、生まれてからまだ30日しか働いていません!

ともあれ、どうにか餅つきも済ませ、我が家もなんとか年を越せそうです。

みなさまにとって、2008年が輝くすばらしい年でありますように!
posted by kathy at 13:40| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日的中国漫行紀26「オイッチニーに送られて…」

北京最後の日、早起きして天壇公園へ。
ラッシュアワーの地下鉄の混雑ぶりは東京並みです。

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(故宮を真ん中にして、東西南北に日壇、月壇、天壇、地壇の4公園があり、天壇公園は最大のもの)


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(公園面積としては故宮より広いのではないでしょうか。日比谷公園なんて…)


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(中国人の仕事のスタートは実に早い。ヘンなアクセントの日本語が聞こえてきました。朝から元気な中国人ガイドさんに引率された日本人グループは、ほとんどがまだ眠っています。天壇公園の中心部にある祈年殿で)


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(太極拳をしているグループがあっちこっちに。素手のほか、刀や扇子を持って動く集団も。「あんなにゆっくり動いて、運動になるのかねぇ」と思っていましたが、「筋肉だけではなく、五臓六腑も含めた体全体の機能を活性化させるのが太極拳」と聞いて「なるほど…」。ちょっとマネしてみました。呼吸や筋肉、内蔵など体のバランスが崩れているからなのでしょう、酔っ払いのように見事にふらつきます。)


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(朝から社交ダンスをする一団。フォークダンスですら照れるkathyにとって、公園で堂々と男女が手を取り合う中国人を尊敬しちゃいます。それにしても平日の火曜日の朝、こんなところにたくさんの年配者。地下鉄の乗客が若い人ばかりだった理由のひとつを見たような…)


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(点心食堂で遅めの朝食と早めの昼食を兼ねて…。店の壁には「24時間営業、365のメニュー、5000年の食文化、10000分の情熱=金鼎軒」と書いた張り紙が。大言壮語ではなく、一種のリズム言葉なのでしょう。つまり、「私たちは元気です」のメッセージ?)


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(出国審査、荷物や持ち物の検査を終え、ホッとして振り向いたらオイッチニー、オイッチニー…。北京空港の出国審査官たちが足をそろえてkathyを見送りに来てくれました。違!)


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  (タロー=左。シロー=右。娘がお世話になっているI さん宅のネコ君たちです。日本語で叱っても、誉めても"通じる"動物たちには癒されました)

中国での暮らしがそろそろ3年になる娘。
片言だった言葉も暮らしに困らない程度には覚え、友人・知人を自分の力で増やし、仕事を通して責任感も湧いて、多少は自信もついたのでしょう。

「慣れない」異国にどんどん「慣れていく」姿はうれしいというか、サビシイというか、気持ちは複雑です。が、子どもだと思っていた娘がずいぶんと頼もしく思えた8日間の旅でもありました。

深謝!

そして、いろいろと便宜と知恵を貸してくださったI さんにも大感謝です。

ありがとうございました。
posted by kathy at 11:11| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

今日的中国漫行紀25「人より牛の方が高い?」

この日は、北京最大のチベット仏教寺院「雍和宮」へ。
ずいぶんと立派なお寺です(1694年建立)。


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(喧騒の下町を抜け、仲見世を通って、境内に入るとスーと静寂が訪れる浅草寺とそっくりの雰囲気を持っています。掃き清められてゴミひとつ落ちていません。同じお寺でも、西安のモスク 清真大寺はずいぶんと埃っぽかった)


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(「魔よけ」たちが、そろって柿をねらっています)


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(このお坊さん、メタボ予備軍?)

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夜の北京を歩きながら、頭の中は「そろそろ帰国の準備をしなくっちゃ」です。

<運転マナー>

道路の上は車線変更、クラクション、パッシングのオンパレード。
クルマ1台分のスキマなんてものは要りません。ハナさえ入れば図体を割り込ませてきます。
前に車がいればクラクション、パッシングで「どけろ!どけろ!」。

短期間の観察で得た中国の自動車社会考

ドライブマナー3悪
  1位 タクシー
  2位 アウディ、ベンツなどの欧州系外車
  3位 重量オーバーのトラック

マナーを悪くした原因
  @拝金主義…「そこのけ、そこのけ、クルマが通る」。儲けたヤツほど偉い。
  A車の急速な普及に道路や信号、規制ルールがついていっていない。
  B未成熟な運転技術。「周りに迷惑をかけない運転」の気持が薄い。


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(歩道から見た夜の高速道路。写真ではなんと平和なんでしょう)

中国を訪れた米国人が「もしアメリカでこんなにうるさくクラックションを鳴らせば、ズドンだね」と言ったとか。

阿吽(あうん)の呼吸

横断歩道はほとんどありません。あったとしても、車は止まってくれません。

広い道を横断するとき、娘は左からのクルマが途切れたら、中央付近まで進み、右からのクルマが切れたらゆったりと渡りきります。

なれぬオヤジは走って渡ろうとする。これが危ない。

ドライバーにとって一番いやなのは、歩行者が「予想外」の行動をとること。どうやら娘は横断するとき、車の運転手と阿吽の呼吸で通信しあっているようです。

以前、上海で聞いた話。
「中国では、人よりも牛を轢いた方が高くつく」。

中国を訪れたら、くれぐれも交通事故にはご注意あれ。
死んでも高く売れるお牛サマは大事にされますが、人間はただの犬死に。

もちろん、中国には多くの模範ドライバーがいますし、日本にも悪質な(ある日のkathyのような)運転手もいます。
マナーを身につける、つけないは、個人の問題ということですよね。
posted by kathy at 11:54| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

今日的中国漫行紀24「600円で体を解凍?」

北京に戻ったのが日曜日の深夜。

翌月曜日、あの「スモッギーな北京」はどこへ行ったの? ここは別の町?かと思うような青い空…。
なぁ〜んだ、遠くの建物までくっきり見えるじゃん、北京でも。

娘の友人のI さんが言っていた「土、日で町も車も静かになり、月、火は青空。水曜からまた汚れた空が戻ってくるんです」を実感する朝でした。

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(娘の運転で北京市内の高速道路をマンデー モーニング ドライブ。こんな青空が365日だとサイコーなのですが。しかし、東京だってこんな抜けるような空は台風一過か正月しか見られませんから、大きなことは言えません)

北京市民の台所のひとつ、東郊市場に出かけてみました。

道路のところどころにこぼれた水が凍っています。
革手袋を通して冷気が忍び込み、手がかじかんできました。

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(道路と門を挟んで、広大な青空市場と卸売市場があります。建物が並ぶこちら側は卸売市場)


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(果物屋がズラリ。「何とか富士」の名がついたリンゴが3キロ10元=約150円。こちらは日が当たりますが、道路を挟んだお向かいさんは売り子が凍っています)


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(肉屋。豚足や豚の鼻まで売っています)


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(魚屋では小さな生簀に入れて生きた魚も売っていました。氷のような冷たい水の中で、魚は身動きひとつしていませんでしたが…)


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(野菜は泥つきのままです。娘に「こういうところで野菜を調達すれば、生活費もだいぶ助かるのでは」と話を向けると、「濃度の高い農薬や化学肥料を使っていたり、遺伝子組み換え品も混じっているので、安心できない」。中国に住む娘は健康に暮らすために「目に見えない部分」であれこれ苦労をしているようです)


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(骨まで凍らんばかりの寒さに震えながら飛び込んだ卸売り市場のお茶屋さんで温かいお茶をご馳走になりました。数種類のお茶の試飲で、ひとまずホッ。茶器をあたため、茶葉を蒸らし、「一番茶よりも三番茶が一番おいしい」と惜しげもなく入れ替えてくれる女性の手の動きの見事さ。日本の茶道よりも「実生活に近い」作法を中国の女性は身につけているような気がします)


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(このお茶屋さんで買い求め、日本に持ち帰ったガラス製の急須と湯呑み。耐熱性のガラスを使ったハンドメイド品です。急須の中の茶漉しもガラス製。湯飲みは冷めにくいよう二重になっています。急須が30元=450円。湯呑みは1個2元=30円×5個で150円。〆て600円の買い物です。帰国後、北京の娘から「同じ急須がスーパーで120元=1800円で売っているのを発見。ぼったくりです」とのメールが。ネットで調べてみると、似たようなものを日本で買うと2500円ほどします。600円ぽっちの買い物で、凍った体をお茶で解凍してくれたあのお茶屋さんのあったかい気持ちに深謝!だけど、あれで商売になっているのかなぁ…。ちと心配です)

豆腐屋、総菜屋、ペットショップ、携帯電話、革製品屋、お粥屋…、なんでもありの市場歩きは、旅の楽しみのひとつです。

それにしても、雪はないというのに北京の寒さのきびしいことよ!
中国南部の桂林から戻ったせいか、この独特の乾いた冷気は身にこたえました。
posted by kathy at 11:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月28日

今日的中国漫行紀23「メン食いレストラン」

某日の夕食。

そろそろ、桂林、陽朔ともお別れです。

「メン食い」kathyを気遣って、ガイドの馬林さんが「面(麺)食」レストランに連れて行ってくれました。
  *メン食いkathyの記事こちら

中華料理よりも軽い麺類をメインメニューにすえる「面食」レストランは中国各地に増えているようです。
ま、ファミレス風ラーメン屋、ってとこですな。

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(見た目は日本そばのようですが、しっかりと唐辛子が効いています)

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(汁けはないけど、意外においしい)

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(中国どこでも食べられる無難なメニュー「青菜の炒め物」。しっかりニンニクの香りがついているのはいいのですが、油があふれるほど…。ベジ子の娘もさすがに残しました)

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(日本にも韓国にも似たようなものがありますね。味も同じです)

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(辛みそで炒めた挽き肉とネギを巻いて食べます。味は北京ダック似?)

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(餃子の皮のようなものは、実は豆腐。木綿模様が”プリント”され、意外なほどしっかりしています。中国ではどこでも見かけましたが、日本にもこのような豆腐、あるのでしょうか。これはいろいろと使えそう)

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(お隣のテーブルの親子。「ひとりっ子」はホントに大事にされています)
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2007年12月27日

今日的中国漫行紀22「…中国人って、一体?」

知っているようで、まるで知らなかったのが、「中国人って、一体?」でした。

たとえば、民族のこと。

総人口13億人の94%を占める漢族のほかに、政府が認定する少数民族は55も。

今訪れている広西壮(チワン)族自治区の人口は約5千万人。少数民族は11を数え、その人口比は38.2%。全国平均の6%をはるかに上回る「少数民族王国」です。

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    (トン族)              (ヤオ族)   

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    (チワン族)            (ミャオ族)

  (中国郵政省は55の民族の衣装や特色を切手で紹介しています)

体格で言えば、大柄な満族や漢族に比べて、南部のトン族やミャオ族はみんな小柄。

ガイドの馬林さんいわく「中国の体操の選手は大体、こっちの出身」。マットや平均台の上で飛び跳ねている少女選手は大人になってもあの体格だそうです。

歌や踊りがうまいミャオ族、刺繍上手のトン族…。
「中国人は手先が器用」と十把ひとからげのように私たちは言いますが、どうやら民族ごとに秀でる芸の中身は違うようです。

少数民族と言ってもこの地域最大の壮(チワン)族の人口は1560万人。ニュージーランドの人口が410万人ですから、実にその3倍強。ひとつの国を構成できるほどの数です。

言葉も多様。それぞれの民族本来の言葉に加え、北京語が方言化したものが使われています。
娘のつたない中国語の力では「地元民同士の会話」はわかりません。

今朝の新聞によれば、中国では来年の北京オリンピックの表彰式でメダルを渡す女性アシスタントの衣装をどうするかが議論になっている、とか。

チャイナドレスは満族の民族衣装、漢族本来の衣装は清時代に排除され、おまけに新・中国で人民服を強制されて消えてしまった、それでは唐の時代の服にしようか、云々。

こんなときは、すんなりと「振袖にしましょう」で決まる日本とは違うようです。

衣装、体格・人相、言葉、食事、得意技…
ますます、わからなくなってきました。
…中国人って、一体?
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2007年12月26日

今日的中国漫行紀21「桂林は木犀香る町」

金木犀、銀木犀、丹木犀、四季木犀の4種が入れ代わり立ち代り咲いて、桂林の町は、1年中、芳香に満たされています…。
説明を聞きながらも、ん?、咲いてないし、匂いもないぞ…と首をかしげるkathy。

ガイドの馬林さん、「先週までは、この一帯でも花が見られたのですが…」。
確かに地面を見ると花びらが数枚…。

桃の花が年中咲く桃源郷、木犀が四季を通じて香る桂林…。
中国南部には、四季がはっきりしている日本からきた田舎者にはちと理解しずらい植物生態があるようです。


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(七星公園内の金木犀の並木道。この地域でとれる黒い石の敷石には、見事な筆文字が)

ところで、ビールのコップをひっくり返したようなあのお山には登れるの?
「もちろん!」
一番高いという「畳彩山」(高さ73m)に登ってみました。

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(垂直に見えた山ですが、急で狭いながらも登山道が整備されています)


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(畳彩山頂上から見た桂林市内。大方の山には道はついているとのこと)

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(マンモスの牙? 「いえいえ、マンモスの牙はまっすぐ。曲線があるのは象牙の特徴です」と説明員。昔、生息していた黄河像の象牙で長さは3.4mありました。このあたりは化石の宝庫でもあります。それにしても、とんでもなくデッカイ像がいたのですね。七星公園内にある石の博物館にて)


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某日の昼食(桂林市内にて)


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チャーハンにエビが入っていたので、娘がエビアレルギーであることを告げると、すぐに「エビ抜き」を作ってくれました。

こうした食事には、だいたいグラスビールが無料でついてきます。日本のようにギンギンには冷やしていませんが、結構、中国のビールはおいしいと思いました(たま〜に、サイダーのように甘いのもありましたが)。
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2007年12月25日

今日的中国漫行紀S「地下世界もデッカイぞ!」

このあたりは鍾乳洞だらけです。
その中のひとつ、銀子岩へ。

一般に公開されているのは延長2キロのコース。実際には数十キロ見つかっていますが、歩道の整備を進め、順次公開するとか。

1キロコースの秋芳洞(山口県)と比べると、単純には2倍の長さですが、銀子岩の鍾乳石の大きさ、種類の豊富さ、空洞の広さときたら…。

この銀子岩よりも規模の大きい鍾乳洞があるといいますから、やはりここは中国。いやはや、地下世界もデッカイです。


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(コースは登ったり下ったりクネクネしたり…。広いスペースはバスケットボールの試合ができそうなほど

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(地底湖に写った石柱は不気味なほど奥深く…。実はこの湖の水深は膝下ほど。小波ひとつ立たない地底ではミラーのように周りを映し出します)

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(鍾乳洞の中は夏冬通して約20度。ワインの熟成にも一部使用されているとか。しかし、冬衣装で2キロを歩くと汗びっしょりです)

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(約150年で1センチ成長する鍾乳石。この約5メートルの柱ができるのに7万5千年もかかったってこと?)

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鍾乳洞 (Wikipediaより)

海底でサンゴなどが堆積することによってできた石灰岩が地殻変動によって地上に隆起した場合、雨水や地下水によって侵食を受ける。但し一般の岩石とは異なり、石灰岩の主成分である炭酸カルシウムは酸性の液によって溶ける。つまり、二酸化炭素が溶解した地表の水にはよく溶けるので、通常の岩石より激しく浸食され、その内部に多くの空洞を生じるようになる。

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2007年12月24日

今日的中国漫行紀R「これはもう、野外劇なんてもんじゃあ…」

「印象劉三姐」。
陽朔まで足を伸ばす観光客の多くはこれがお目当てだそうです。

歌が大好きな少数民族苗(ミャオ)族の伝説の歌姫・劉三姐をテーマにしたショーで、陽朔の美しい山水がそのまま舞台になっています。

実は、ガイドの馬林さんから「せっかく陽朔まで来たなら…」と誘われたとき、「どうせ作り物でしょ…」と一度は断ったのですが、それでも熱心に勧めるので、だまされたと思って…。

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いやはや、4つの少数民族を主人公にしたこのショーはすごかった!

山、水を幻想的に照らすライティング、どこからか聞こえてくる美しい歌声、そして大合唱、色とりどりの民族衣装、総勢600人が入れ替わり立ち代り動き回るスピード感…。

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ベネチア国際映画祭での2度のグランプリに輝く中国の売れっ子映画監督張芸謀が指揮した「印象劉三姐」…、あっという間に公演時間60分は過ぎたのでした。

一流のキャスト、スタッフに加え、地元の農民、漁民が多数参加したスケールの大きな「ホンモノ感あふれるショー」を危うく見逃すところでした。
深謝!馬林さん。

(コンデジでの夜間撮影は見事に失敗。上の写真は旅行社など複数のHPからお借りしました。写真よりも実物の方がスバラシイと思います)
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2007年12月23日

今日的中国漫行紀Q「桂林まで来たのなら陽朔まで」

ここ広西壮(チワン)族自治区は中国の南の端。
国境の向こうはもうベトナムです。

奇峰を遠景で眺めるなら桂林。
しかし、陽朔は目の前に絶景がいくつも「転がって」いる…。

「桂林まで来たのなら陽朔までどうぞ」の言葉に乗って、さらに南へ67キロ足を伸ばしました。

なるほど、広告コピーに偽りなし。
来てよかった…。
今夜は陽朔に泊まりです。

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(高田美景。シロウトでも絵葉書並みの写真が撮れます)

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(樹齢600年の大榕樹=ガジュマル支えのように見えるのは気根。枝から垂直に降りて大気と大地の水分と栄養を吸っています。不思議な木です)
posted by kathy at 11:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする